第2話

01.


 アトナリア聖王国、ファーニヴァル領。
 ここへたどり着くまでに割と色々なトラブルがあった。まず、また大雨に降られたし魔物に遭遇して何度か戦闘になったし、夜盗に襲われて返り討ちにもした。何せ、聖王国へ入るまでに3日経っている。それだけあれば何らかのトラブルが起こるものだ。

「物知りな俺様が王国について説明してやんよ!心して聞きな!ギャハハハハ!!」

 入国して数分。それまで黙っていたエーデルトラウトがそう宣言し、聞きもしないのに語り始める。フードを目深に被っているワルギリアの表情は伺えないものの、小さな溜息を吐いている事から鬱陶しさを感じているのは確かだ。
 が、友人が国について何も紹介してくれない以上、アリシアにとってはラジオの解説は有り難かった。

「まず王国は厳正な領制だ!首都は国王が治めているが、それ以外の地域には領主がいて、そいつ等が統率を取ってるぜ!ま、王政である事に変わりねぇんだけどな!王の命令第一、領主の命令第二ってこった!んで、ファーニヴァル領だが、風の噂によるとつい最近――3、4年くらい前に領主が変わったみたいだな!領主はかなり若いらしいがやり手だ!皇国の面倒事を嫌うかもしれねぇから、自分の素性には注意しろよアリシア!」
「承知した」
「分かってんのかねぇ、本当に。万が一にも脱走兵だってバレりゃ、すぐチクられんぜ!死ぬ気で素性は隠せよ!ギャハハハハ!!」

 確かにそれは一理ある。皇国の裏切り者が領にいると分かれば、皇国兵が領へ入る為の大義名分を得る。見つかればただじゃ済まない事は確かだ。

「――トラウト。お前、今日はちょっとノイズが酷いな」

 これからの事について思案していると、唐突にワルギリアがそう呟いた。いつも通り皮肉げな笑みを浮かべているのかと思えば、その唇は引き結ばれて案外真面目にそう切り出した事が伺える。
 アリシアとて気にならないわけではなかった。が、彼も何も言わないので大した事では無いと思っていたのだ。今、ワルギリアの言葉を聞くまでは。

「そーいや、ちょっとプツプツしてる気がするぜ……。大丈夫かよこのラジオ」
「私が知るか。スピーカーがイカれてるんじゃないのか?必要以上のお喋りは控えた方が良いぞ。私は機械なんて直せないし、アリシアもそうだろうからな」
「そうだな。人間の身体ならまだしも、さすがに機械を弄くるのは私にも不可能だ」

 というか、ラジオがどんな原理で動いているのかすら、薄ボンヤリした知識程度しか無い。いきなりエーデルトラウトが喋れなくなっても何も出来ないのだ。プツッ、プツッ、と不定期に聞こえて来る不安にさせるような音は聞いていて楽しいものではない。ワルギリアの言う通り、少し喋るのは控えた方が良さそうだ。

「まあ、何にせよまずは今日泊まる所を探すぞ。もう疲れた」
「そうだな。何なら背負ってもいいぞ、ワルギリア?」
「目立つ」

 少しふて腐れたようにそう言った彼女は視線を街並みに戻す。少し前までは半人半獣が闊歩していた村にいて、今は人間だけが闊歩する領にいる。何だか感慨深い気分だ。

 ***

「見ろ、ワルギリア!あの店、銀色の林檎を売っているぞ」
「それは髪飾りだ。何だ、銀色の林檎って。リンゴの髪飾りって言ってくれよせめて」

 ――宿探しを初めて1時間。ぐったりするワルギリアを余所に、アリシアはむしろ元気になっていた。見た事の無いものがたくさんある。皇国には無かった活気と、自由商売による色取り取りの売り物に自然と視線が引き寄せられる。
 しかし、肝心の宿は未だ見つかっていなかった。そもそも、歩き続けて1時間ちょっとで村の端に到達するストレジヌと違い、ファーニヴァル領はその3倍は広い。適当に歩いていても宿など見つけられないだろう。

「……アリシア。私を負ぶってくれないか。目が回って来た」
「何!?そんなに疲れているのなら早く言え!!どこかベンチは――」

「こっちにきな」

 雑踏に紛れてよく聞こえなかった。が、エーデルトラウトのものではない男性の声が鼓膜を叩いたかと思えば腕をやんわりと引かれる。咄嗟にふらふらしているワルギリアの腕を掴み、腕を引かれるまま、そちらへ歩み寄った。
 気付けば人混みは晴れ、目の前にはお洒落な休憩所――というか、恐らくは飲食店がある。

「おい、悪いが席1つ借りるぜ。何か具合悪いんだとよ」

 慣れた様子で腕を引いていた人物――知らない男だ――が、店のカウンターに向かって言った。中は結構賑わっていたが、顔を出した店員のような若い男性が順番に3人組の顔を見回し、「了解しました」、と頷く。
 そのまま腕を引かれるままに手近にあった4人掛けの席に座らせられた。言葉を発する暇も無く、ただアリシアは茫然とするばかりである。

「よぉ、観光客か旅人かい?」

 向かいに座った男はあっけらかんと尋ねた。それより前に聞くべき事が一杯あるだろうが、いまいち会話のペースが掴めず、どうして答えなければならないのかも導き出せないままアリシアは問い掛けに答えた。

「あ、ああ。見ての通り私達は旅をしている者だが……」
「そりゃいい!あんた等、ファーニヴァル領は初めてかい?よければ俺が案内するぜ。あ、チップ1枚な。こっちも商売だから」

 ケラケラと笑いながらされた提案にようやく合点がいく。彼は別に親切心で自分達を助けたわけではなく、客になりそうな人物と話をしようと思っただけだろう。にしても、チップ1枚とは幾らなのだろうか。金貨に銀貨、どちらもあるが。
 ぴんっ、と目の前を鈍色の輝きが跳ねた。それを見事に案内人がキャッチする。

「毎度!じゃあどこに――」
「それはこの飲食店までの案内チップだ。行くぞ、アリシア」

 銀貨を投げ渡したワルギリアが立ち上がった。