07.
それが恐らくは原因なのだろう。
村は非常に廃れている。荒廃している、とでも言うのだろうか。見掛ける住人の顔は暗く、目は虚ろだ。それに若者の姿が少ない。人口の過半数が現代の子供の母親世代だと言っていいだろう。さらに、持ち主がいないらしい家屋は風化するのに任せるつもりか何かのようにそのまま放置してある。住人が増えず、減っている証拠だ。
――その中に大量の服を押し込めたような店を発見する。目当ての服屋なのだろう。幸い、女店主が受付でぼんやりと新聞を読みながら暇を潰しているのが伺える。
「失礼する」
自分で服を選んだ事が無いので、そう断って店の中へ。ぼんやりと顔を上げた店主はしかし、アリシアを視界に入れた途端固まった。慌てて座っていた椅子から立ち上がり、カウンターから出て来る。
「ど、どうされました?」
蒼い顔をしてそう尋ねる女店主に、出来るだけ恐がらせないよう柔らかな物腰で言葉を紡ぐ。しかし、兵士生活が長い自分に果たして思い描いた通りの優しい対応が出来たか否かは不明である。
「服を幾つか見繕ってくれないか。サイズが合えば何でもいい」
「え、あ、ええ、承知致しました。ところでサイズの方は……?」
制服を新調した時の数字を並べる。と、女主人は蒼い顔のまま頷いて店の奥へと入って行った。さすがに入り口で待ち惚けするわけにもいかないので、ゆっくりとその後に続く。こういった類の店にはもう何年も行っていない。兵士業とは基本的に――特に、アリシアが入隊した頃にはもうブラック業と化していたので休みは無い。故に、制服以外の服について需要が無かったのだ。
「あの、こちらがサイズの合う服になっていますが……」
「ああ。へぇ、結構数が多いな」
服屋など片手で数える程しか行った事が無い上、ここ数年は店先にさえ行った事が無い。よって、アリシアは悩ましげに溜息を吐き、眉間に皺を寄せる事となった。
――どれが往来を歩いていて自然な服なのかが、まったく判別出来ない。そして、この女性向きの服達が自分に馴染むものなのかも判断出来ない。
見かねた店主がおずおずと声を掛けてくる。
「その、どのような時に着るお洋服で?」
「普通の旅人のような格好でいいんだ」
「で、でしたらこちらのお洋服ですね。それは、その……礼服ですので」
どうやら仕事か何かだと勘違いされているようだ。誤解を解きたいが、皇国の脱走兵だと自白するのも何だか。ぼんやりと考えていると店主が震えながら問い掛けてきた。
「あの……皇国は、また何かなさる気で?」
店主の言葉で我に返る。
同じ国内の人間だと言うのに首都圏内は彼女にとって未知で恐ろしい場所だと認識されているようだ。それを見てしまえば余計な不安を煽るような嘘は吐けなかった。
「その、私は皇国を裏切ったんだ。だから、特にまたここで皇国が何かしようという気は無い。誤解させて悪かった」
「え……?あ、ああ!そうなんですね!良かった。後でみんなに伝えて来なきゃ!」
皇国兵士が一人来ただけでこの騒ぎ。ストレジヌの村にとって皇国とは最早敵なのかもしれない。それも当然と言われれば当然なのだろうが。脱走兵を皇国に突き出す意志のようなものも感じられないし。
***
結局、店主が服を数着見繕ってくれた。脱走兵だと知ってからは少しだけ気さくになった気がする。さらに、「頑張って下さい」という謎の応援と可愛らしい髪飾りを1つ。オマケで付けてくれた。一体彼女が何を思ってそういう行動を取ったのか、今以て謎である。
その釈然としない気分と、しかし今まで自分がいた国の所行を目の当たりにした苦い気分のまま宿へ帰る。そろそろワルギリアにどうするのか伝えなければ、と思考を巡らせたところでロビーに先客がいるのを発見した。
黒いローブを着込み、フードを目深に被っている。
「ワルギリア?もう起きて来ていいのか?」
「お前は私を病人か何かだと思ってるのか?もう寝飽きた。それに、そろそろ夕食だろ」
「え?」
時計を見る。確かに、もう6時半だ。そろそろ夕食にして良い時間だろう。
ワルギリアの言葉に後押しされるように食堂へ移動する。当然、宿泊客は自分達だけなので食堂内はすっからかんだった。経営状況が非常に心配である。
宅に着いた友人は「で?」、とそれだけを形の良い唇から吐き出した。
そうだな、と目を眇める。何をしたいのか、それそのものは決まっていない。そうすぐに決まるものではないのかもしれないが。ただ、今後の方針なるものは一応考えていた。
「先延ばし、と言われるかもしれないが、旅をしてみようと思う。私は今まで遠征でしか他国へ行った事が無かったがきっとこの目で皇国が――私が、してきた事を見て判断するべきなんだろう」
「……アリシア。お前、案外壮大な事考えてない?」
「え?そうだろうか?私のような知識の浅い、何も知らない小娘が何らかの結論を出そうと言うのがそもそもの間違いなんだ。旅をし、国々を回って見聞を広げる。それが当面の目的だ」
「ふぅん。じゃあ、まずはどこへ行く?」
何も否定すること無く、肯定の意だけを見せた友人は事も無げに問い掛けた。物怖じしないというか、もっと色々追求すべき事はあるだろうにそんなものには興味が無いようだ。それに少しの安心感を覚えつつ、一応は頭の中にある世界地図を引っ張り出す。
「そうだな……まずは、アトナリア聖王国へ行こう。確かここから一番近い大国は王国だったはずだ」
「ああ。それが無難だろうな。ヴァレンディアは初めに行くには難易度が高いだろうし」
「では、それで決まりだな。明日は歩くぞ、しっかり休んでいてくれ。ワルギリア」
はいはい、と物臭な返事を聞く。そうしてようやく夕食に視線を落とした。