06.
翌朝。
あの調子ではワルギリアは昼過ぎまで眠っているだろうと踏んだアリシアは、ストレジヌの村を見て回ろうと意気込んでロビーへ下りて行き、絶句した。
「おはよう。案外早かったな」
「騎士生活なんざ早々抜けねぇってこったろ、難儀な奴だよなぁ!ギャハハハハ!!」
昨日と同じ場所。そこにワルギリアが腰掛け、ラジオを行儀良く両膝の上に乗せていた。ただし、今日はローブそのものを着ておらず、その相貌は白日の下に晒されている。それに少しだけ違和感を覚えつつ、早足でアリシアもソファへ腰掛けた。
「おはよう。その、疲れているようだったが平気か?私は少し村を見て回ろうと思っているから君は休んでいて構わないよ」
「私はおばあちゃんか何かか。が、その言葉には甘えようか。正直出発するにはもう少し休まないと駄目だな。すぐへばる」
「じゃあ……」
「話は最後まで聞けよ。見て分かる通り、私はお前と打ち合わせしたら部屋に戻る。このまま外を彷徨いてパンダ状態になるのはゴメンだからな」
――そう。そもそも目鼻立ちが整っている中性的な彼女はとにかく人目を引く。女性には男性に、男性には女性に見えるらしい。アリシアにはよく分からない感性だったが、仮にワルギリアが顔を隠さず歩こうものなら好奇の視線を道行く人々に向けられるのは間違い無いだろう。
ただ、彼女は「いや顔の問題じゃない」、とよくそう言うが。敢えて例えるならば夜中、光ものに虫が寄って来る原理に似ているらしい。訳が分からない。
「それで、打ち合わせとは?」
出来るだけ神妙に尋ねる。わざわざ朝一番で待ち伏せしていたくらいだ。重要な話なのかもしれない。
――と、膝に居座っていたラジオが唐突に笑い声をあげた。
「お前のその格好だよ、格好!いつまで皇国騎士兵でいるつもりなんだよ、てめぇはよぉ!ギャハハハハ!!」
「……あ」
「皇国内だろうが外だろうが、その制服は目立つ。私が寝ている間に適当な服に着替えておけよ。それじゃおちおち出歩けない」
エーデルトラウトの言葉を引き継ぐ形で友人は言った。成る程、と納得する。皇国兵は悪い意味でどこにいようと目立つ。もうこの、正規服そのものが忌み嫌われる象徴となりつつあるからだ。非常に不名誉な事だが。
「承知した。いつも制服を着ているからかな、全く違和感を覚えなかったよ」
「それ、職業病だから」
冷めた目をされて返答に困る。彼女は時々、困惑する程に正直だ。
しかし、次の瞬間にはその冷め切った目は形を潜め、酷く真剣な顔をする。フードをしていない彼女の顔は何か懐かしさのような、それでいて恐ろしさのような言い知れない思い出を呼び覚ますのでほんの少しだけ、苦手だ。
「――で、その後はどうする?どこへ行こうか」
当然の如く、言葉に詰まって同時に思考が停止した。
――これからどこへ行き、何をするのか。
それは本来、こうして皇国を飛び出そうとする前に立てる計画であり、現在はすでにその目的を確立していなければならない。そうでないものを行き当たりばったり、と言うのだ。
以前にも言った通り、アリシア=クロッカーはガチガチの騎士思考である。先行きの見えない不安を嫌うのは当然のことだ。
よって、口をついて出たのは何とも情けない決断である。
「……すまない、何も考えていないんだ。服を買ってくる間に頭の中を整理したい」
「ん。じゃあ私は戻って寝ているから、帰ったら部屋に起こしに来い」
「分かった」
「ええ!?いいのかよ、ワルギリア!ンな悠長な事でよォ!」
エーデルトラウトが嘆くように声を発するが、ワルギリアはそれに応じなかった。やはり持ち主と物の関係だからか、彼女の方がやや立場が強い。こうする、とワルギリアが決めてしまえばラジオは撤回する手段を持たないからだ。
あまり調子が良くないのか重い足取りで部屋へ帰っていく友人を見送り、宿から出る。
そこに広がるのは一般的な村のそれだ。しかし、闊歩しているのは人間ではなくクティノス族である。
「……歓迎はされていない、か」
昨日は気にしている余裕など無かったが外へ出た途端突き刺さる嫌悪の視線、視線、視線。原因は分かっている。この制服だ。彼等彼女等がこの制服の意味を忘れるはずなど無い。皇国の所行において一番被害を受けているのは恐らくこのストレジヌの住人達なのだから。
道行く人々は動物じみた耳をしている者ばかりだ。クティノス族には2つ型があり、1つは往来を歩いている獣らしい耳をした獣型。パワー型で一見すると普通の体格をしていても自重より何倍も重い物を持ち上げる事が出来る。
そうしてもう1つ。鳥型だ。腕は人間のような腕をしているが、それは擬態しているだけであり、彼等を見分ける方法は簡単だ。足を見ればいい。猛禽類を思わせる鋭いかぎ爪のついた、がっしりした鳥の足。
しかし、その姿は一見しても見当たらない。それもそのはず、彼等の移動手段は飛行である。あの足では歩くのに難儀するだろう。そして、その移動手段こそが鳥型の数を半数以下に落とす事となった。
――飛行禁止。民家の屋根を越える高さを飛行してはならない。
それは3年前の夏の日、唐突に発布された皇国からの命令だった。そしてそれが決まったと同時、上空を移動していたクティノス族の鳥たちは1つの例外もなく撃ち落とされたのだ。今でも覚えている。それが決まった後の数日、絶えず銃声が国中に鳴り響いていたのを。目的も何もかもが不明。こうであるとまったく何の説明も無くそう取り決められた。国中にその命令が行き渡るのに1週間掛かった為、外部から戻って来たクティノス族は銃弾の餌食になったのだ。