04.
慣れた足取りで宿の場所を探し当てたワルギリアはこれまた手慣れた様子で2日分の部屋を取った。2部屋なので1部屋ずつ使えという友人のメッセージなのだろう。
部屋の準備が整うまでロビーで待つよう店の女主人にそう言われたので向かい合わせのソファに腰掛ける。無言のラジオはワルギリアの膝の上だ。未だに一言も話さないのは安堵を通り越して謎の不安感を覚える。
「なぁ、ワルギリア。ここは本当にストレジヌの村なのか?それに2日も滞在していて大丈夫だろうか。皇国の追っ手から見つかってしまうんじゃ……」
「そう慌てるなよ。まず皇国の件だが、あいつ等もそんなに暇じゃない。それに、まさか貴私兵の私宅の庭にヴァレンディア産の魔方陣が放置されてるなんて誰も思わないだろ。追っ手が来るにしても、もう少し時間が掛かる」
「だが私の同僚は……」
「皇国から出る前にそいつ等は捕まったんだよ。私達はまだのんびり出来る。あと、案外疲れてんだよ」
「す、すまない」
――ワルギリアには体力が無い。それはもう病的な程に。
再認識して小さく溜息を吐く。1年も一緒にいた友人の基本的な体質まで忘れてしまう程には余裕が無いようだ。それにしても、彼女は慌てなさすぎだとは思うが。
「――で、ここがどこかって話だけど。ここは間違い無くストレジヌの村さ。つまりまだ皇国内って事になるな」
「どうやって?私達はただ、マンホールに飛び込んだだけじゃないか」
「あのマンホールはそもそもマンホールじゃない。少なくともマンホールとして機能させる為に在るものじゃないのさ。深さは3メートル程度かな」
「体感的にはもっと落ちた気がするな」
「底に魔方陣があって、それに一定の魔力を加える事で対になっている魔方陣にまで飛ばしてくれるんだ」
それは皇国の技術ではない。やっとワルギリアの言葉の意味を理解した。という事はあの体力の無いワルギリアが3メートルくらいある穴を掘ったと言うのだろうか。ストレジヌの村にも同様の魔方陣を?ちょっと考えられない。
「そんなに難しい顔をするなよ。あれは私が創ったものじゃない。そもそも、あの手の魔方陣は専門外だ。あれは元からあの場所にあるものなんだよ。まあ、現皇帝は知らないだろうけどな」
「含みのある言い方だな、ワルギリア」
「そう聞こえるのならそうなのかもしれないな?」
クックック、とさも可笑しいと言わんばかりに嗤う。歳などさして変わらないだろうに、彼女は同期が持たない老獪さを持つ変わった人物だと常々そう思わされる。
――と、微妙な空気は小さい、しかし存在感のある声によって打ち砕かれた。
「オイ。いい加減俺様を放置するんじゃねぇよ」
それまで息を潜めていたエーデルトラウトだ。
ラジオの言い分は実に明瞭且つ、忘れていた問題の一つを思い出させるようなものだった。
「ワルギリア。てめぇ、俺の紹介を後回しにしてそのまま忘れてただろ。いつまでアリシアに俺様をただの喋るラジオ呼ばわりさせるつもりだ!」
「そうじゃなければ貴方は何なんだ……」
「黙らっしゃい!」
そういえばそうだったな、とワルギリアが一つ息を吐いた。正直どうでもよさそうである。しかし、今後の展開的にもこのラジオが離れる事は無いのだろうから紹介は必要だろう。面倒くさがらずにこの鉄の塊が何なのか説明して欲しいものだ。
「あー、アリシア。こいつ見た目はこうだけど、元々はちゃんとした人間だったんだよ。そんなわけだからラジオ扱いは止めた方が良いな。好きにすりゃいいと思うけど」
「人間?いや、さすがの私でもこのラジオを人間扱いするのはちょっとな。そもそも、人間がどういった経緯で鉄の塊に姿を変えるのかが分からない」
「色々あったんだよ、色々」
完全に面倒くさがっているワルギリアに代わり、あまり喋るなと釘を刺されていたエーデルトラウトが我慢の限界だと言わんばかりに言葉を発した。
「とにかくっ!俺の事は丁重に扱えよ。人間の肉体はどこ行っちまったか知らねぇが、人間の尊厳は捨てちゃいねぇぜ、俺はな!」
「……つまり、人間だった頃の肉体が無くなってラジオに住み着いた、とかそんなところか?そんな突飛な話信用できないが……」
「かなり簡単に要約するとそうなるが、こうなるまでに紆余曲折があったんだよ!語り尽くそうと思えば4日くらい掛かるな!」
何がどうなったら人間の肉体を無くして鉄の塊に移り住む事になったのか分からない。そもそも、肉体論的に肉体が滅べば人格も滅ぶものではないだろうか。このラジオはどの器官でものを考えているのだろう。脳は当然、『人間だった頃の肉体』に付いているのだろうし。
「いいか、俺の事は敬意を払って『エーデルトラウトさん』、って呼べよ!いいな、小娘!」
「誰が小娘だ誰が。というか、長すぎる」
「人の名前くらい覚えろ」
「・・・エーデル、は響きが可愛すぎるな。トラウトと呼ばせて貰おう。確かワルギリアもそんな風に呼んでいた気がするし」
なおも喋るラジオはごちゃごちゃと不満を垂れていたが、それらを全て無視。正直な所、このラジオが人間であったとは到底思えないし、人間が肉体を捨てて鉄の塊に移住する事となるような出来事などあって欲しくない。