第1話

03.


 裏口に回った途端、その辺りにいた兵士達がわらわらと集まって来た。慌ててワルギリアを追い抜き、彼女を背に庇うよう前へ出る。

「ひゅう、さすがメイン盾!自分から率先して壁になってくれるたぁ、感謝感激何とやらってやつだぜ!ギャハハハハ!!」
「少し黙っていてくれないか……」

 エーデルトラウトの笑い声に深く溜息を吐く。群がってきた兵士達は自分の動きが予想外だったのかじわりじわりと遠巻きにしていた距離を詰めて来た。脊髄反射のように襲い掛かられるのも問題だが、こうして珍獣でも追っているかのような慎重さも気味が悪い。

「アリシア。そっちは任せる。私は抜け道開けておくから」
「閉まっているのか?」
「ああ。いつでも開いてたら誰でも使えるようになるだろ」

 じゃ、とそれだけを言い残しワルギリアが足早に視界から消える。かなりの兵士に取り囲まれているだろうにそんなものは意に介した様子も無かった。
 ――とはいえ、先にも述べた通り彼女は体力が無い。連戦でくたびれてしまう前に自分も目の前の兵士を倒し、彼女を追う必要があるだろう。

「それにしても、随分な人数だな」
「こっちだ!アリシア=クロッカーと怪しげなローブがいるぞ!!」
「驚く程浅はかだな、作戦慣れしていないのか」

 折角包囲していたというのに、表にいる仲間を呼び寄せる愚行。案外簡単に逃げ果せるかもしれないな、と頭の片隅で思った。
 一斉に斬り掛かって来る兵士達。その中の一人に狙いを定め、刺突を繰り出す。がつっ、という堅い手応え。刃がいかれるのであまりやりたくは無かったが、剣の切っ先は丁度甲冑の真ん中辺りを貫通していた。素早く柄を引き、両脇から伸びて来た刃を軽くいなす。と、次は正面から一人飛び掛かって来た。右足を軸に、身体を反転させ躱す。返す刀で甲冑と兜の間に剣を押し込んだ。ぽんっ、と跳ねた中身の入っている兜が地面に落ちる。

「次は誰だ――」

 手近にいた兵士へ斬り掛かろうとした。が、寸前でその腕を止める。
 目と鼻の先、向き合った兵士の胸から波打つ刃が生えていた。それが何なのか、考えるまでもなくすぐに理解する。

「準備は整った。行くぞアリシア。もうそいつ等は放っておけ」
「ああ!」

 抜け道を『開けに』行っていた友人が帰還したのだ。手には特徴的な刀身を持つ剣――フランベルジェを持っている。絡まるように纏わり付いた赤色が戦闘をしていた証しだった。
 こっちだ、とワルギリアが駆ける。全力で走っている感じは無く、適当に流すような涼やかな走り姿であったが速度はかなりのものだ。見失わないように注意しながらその後を追う。
 追っ手の「止まれ」、だの「待て」だのと声が聞こえるも当然振り返りはしない。

「ここだ。早く入れ」
「……マンホール?」
「とっておきの場所に通じてるんだよ、早くしろって」
「ううん……雨が降っているんだが、本当に大丈夫か?」

 こんな雨の日にマンホールなぞ入って大丈夫なのか疑問に思ったが、最終的にはワルギリアを信じる事にして先の見えない暗い穴の中へ身を投じた。ややあって、ワルギリア本人もマンホールへ飛び込んだ音を聞く。
 暗い。どこまでも落ちて行くんじゃないかと錯覚する不安定さ。足場が見えないのだが、どのくらい落下するのだろうか。こんな高さから落ちたら一溜まりも無いのでは。
 宛のない不安に頭上にいるであろうワルギリアへ地面はまだか聞こうと上を見上げる。瞬間、その反対側から目を焼くような鋭い光を感じた。

「よいしょ、と」

 どちらが地面でどちらが天上か。平衡感覚が無茶苦茶で何が何だか分からないアリシアへのフォローをする事も無くワルギリアの声が鼓膜を叩いた。開ける視界。

「……は?」

 思わずそんな声が漏れた。
 雨が上がっている。少し曇り空ではあるものの、太陽が見える空。皇国内ではまず見ない木製の家屋、行き交う人々は皇国の女性のような華やかさは無い。更にもう一つ。行き交う人々には皆、大きな動物のような耳が付いている。

「クティノス族の村か・・・?」
「そうだよ。おら、とっとと上がれってアリシア。さすがに目立つ」
「す、すまない」

 差し出されたワルギリアの手を握りようやくマンホールから身体を離す。一体何が起きたのか。

「なぁ、ワルギリア。ここはまさかストレジヌの村、か?」

 我ながら馬鹿げた質問だと思う。皇国内にある『ストレジヌの村』と屋敷付近の森にはかなりの距離がある。徒歩で1日掛かる程だ。そんな距離をまさかマンホールにダイブしたからと言って縮められるはずもない。
 しかし、半人半獣、といった体が特徴的な種族、クティノス族が固まって住んでいるのはストレジヌの村だけだ。他にそういった類の居住区があるとは聞いた事が無い。

「ギャハハハハ!驚くのも結構だがなぁ、先に今日泊まる所を探した方がいいんじゃねぇか?見ろよ、あと1時間もすりゃ日が暮れちまうぜ!」
「トラウト。声が大きい、もう少し静かに喋れ。お前の存在が周囲に伝わるのは都合が悪いだろ」

 悪かったな、と癖のある言い方で一応の謝罪をしたエーデルトラウトはワルギリアの言いつけを守るかのようにその口を閉ざしてしまった。拗ねたわけではないようだが、案外素直な対応に目を丸くするばかりである。

「宿はどこでもいいな?・・・アリシア」
「あ、ああ!構わないよ。何なら野宿でも・・・」
「馬鹿言え。疲れた、今日は柔らかいベッドで休みたい気分だ」

 そう言ってワルギリアが肩の付け根辺りを拳で叩く。奇しくもそれは先程フランベルジュを振るっていた方の肩だった。