第1話

02.


「――話はそこまでだ。アリシア=クロッカー師団長、この事態の意味を理解しているな?」

 兵士の一人が口を開いた。被った兜のせいで顔は見えないが、詰るような責めるような、そんな口調。作戦を途中で放棄したからか、裏切り行為の伝達が早過ぎる。

「師団長である貴方が作戦放棄とは、裏切りを決定付ける何よりの証拠だな」

 ふん、とアリシアはそれを一蹴した。後ろ髪引かれる思いがあるのは事実、それでも痛い部分を指摘されて縮こまるならば今まで師団長として騎士団をまとめる事など出来なかっただろう。

「ご託はいい。我々は先を急いでいるんだ、悪いが容赦はしない!」

 ちらり、と兵士の1人がアリシアの背後――即ち、ワルギリアを視界に入れる。恐らく何者なのかは分かっていないだろうが彼女が『参戦するかしないか』、で彼等もまた戦い方を変えねばならない。それだけは理解しているのだ。
 相手は3名。恐らく外にもすでに別の兵士が待機しているのだろう。戦闘を長引かせるわけにはいかない。
 すらり、と剣を抜く。裏切った国の紋が入った、愛用の騎士剣を。
 ワルギリアへ向かう視線を断つように、直線上に刃を構える。心配はしていない。アリシア本人も、或いはワルギリアその人も。

「行くぞ!」

 滑るように疾走する。幕開けが自分の攻撃だとは思いも寄らなかった。誰も斬り掛かって来ないのだ、呆れる。
 先頭に立っていた――今し方、こちらに言葉を投げ掛けてきた男が慌てたように剣を構え直す。それを視界の端に捉えつつ、身を翻す。尾を引くように長い髪が弧を描いた。振り下ろされた剣を踊るようなステップで回避、自身の得物を突き出す。
 それは甲冑と兜の間を正確に射貫いた。鮮血が切っ先と据えた色の鈍色を赤く染め変える。さらに身体を反転させ、反動で刃を引き抜いた。

「ひっ……!くっ、油断するな!あいつ、甲冑の弱点を……!」
「これでも女なんでね。いちいち甲冑を叩き割るのは骨なんだ」

 途端、腰が引けた右側の男。怯えているのか恐れているのか、甲冑の継ぎ目だけを護る姿勢に入ったので一度立ち止まり胸当ての真ん中辺りに柄を思い切り叩き付ける。メキッ、という嫌な音。一般兵が持っている剣とは違い、騎士剣の柄には『魔結晶』が埋め込まれている。鎧の上から物理的な打撃を与える為だ。
 胸と背がくっつく程に凹んだ甲冑。2人目が声もなく倒れた。

「くっ、くそ……!何で俺が騎士の相手なんか……勝てるわけ――」
「泣き言を言う暇があるのならば鍛錬を積む事だ。もう手遅れだろうが」

 最後の一人。小さく震えているが構わずその足に足を掛け、床へ転がす。無防備に倒れ込んだその兵士に剣を突き立てた。
 ――室内に静寂が戻って来る。
 と、乾いた破裂音が鼓膜を叩いた。すぐ隣で聞こえてくるそれに盛大な溜息を吐く。

「お疲れかい、アリシア。見事だ、圧倒的だったな」
「よく出来た舞台みたいだったぜ!にしちゃあちょっと血生臭すぎるけどなぁ!ギャハハハハハハ!!」

 ひゅっ、と剣を振るい血払いする。それを収めたところで、初めてアリシアは無邪気に手を叩く友人の顔を視界に入れた。嘲るような笑みを浮かべるその顔を見ると、何故だか安心する。

「このくらい当然さ。私の階級は騎士兵、彼等は一般兵だ。たかだか1桁の相手に押し負けているようでは師団長なんてやっていられないよ」
「お前のそれは謙遜じゃなくて本気だからタチが悪いな。で、さっき確認して来たんだけど当然外も包囲されてるみたいだ。どうする?」
「……正面突破しかないな」

 ギャハハハハ、とエーデルトラウトが耳障りな笑い声を上げた。もの申したい事でもあるようだが、この笑い声だけは耳障りで仕方が無い。

「さすがは騎士サマ!脳筋が過ぎるぜ!ヒーッヒッヒッヒ!おら、何とか言えよワルギリア!!」
「煩い。お前のデスボイスは聞いているだけでイライラしてくる。裏口から出るぞ、秘密の抜け道がある」
「何だそれは……?」

 一抹の不安が脳裏を掠めたものの、やけに自信満々なワルギリアの様子を見ていると不安を抱く事そのものが的外れな気さえしてくる。

「早くしろアリシア」
「ああ、分かった!先を走ってくれ。包囲網に近付くまで、背後は私が護ろう」
「別に自衛くらい自分で出来るさ。小さな女の子じゃないんだから」

 雨が降っているからか、外にたくさんの人がいるからか。ワルギリアが再びフードを被った。