vsアーサー

3.


 一瞬の睨み合い。
 ドリスは顔色を失ってその場から動こうとしない。本人はきっと解っていないのだろうが、長年アーサーの部隊に所属していたイアンは何が起こっているのかしっかりと理解していた。
 ――糸、だ。それもワイヤーなどのようにかなりの強度を持った。
 それでドリスを引き寄せたのだろう。どういう原理になっているのかまでは説明出来ないが、散々見て来た上司のやり口なので理屈云々ではなく「そういうものである」というアーサー原理に基づいてそうだと言える。
 下手に動けばその糸はドリスを傷付け、運が悪ければその立つ腕を落としてしまう可能性がある。実戦ではないのでそんな事にはならないだろうが、ここでドリスを見捨てるわけにはいかない。ようやく体勢を立て直したサイラスが屈んだままで事の成り行きを不安そうに見守っているが、彼には何も期待出来なさそうだ。

「・・・何のつもりですか、アーサーさん」

 ――これは駆け引きだ。
 要求は解っている。操っている糸を、今し方編んだ術式で断ち切ってしまえ、という事である。が、ここで術式をそれに使ってしまえば詰む。イアンの剣の腕では迫ってくるアーサーを止められないからだ。
 故に、何か別の方法でこの場面に決着をつけたい。
 しかし、当然ながらイアンの思惑を看破している上司は今日初めての穏やかな笑みを浮かべた。

「どう、も何も君の考えている通りだ。が、無理強いはしない。よく考えて次の行動を取る事だな?」

 ――無理強いも何も、一択しか無いだろ喧嘩売ってるのか。
 いや、しかしここで術式を解放してしまうと次の術式を編成するまで最低でも10秒以上の時間が必要だ。これは実戦では無い。ドリスの為に術式を使うより――

「・・・あれ」

 ――いや待て、どうして直線上に動く事だけを考えていたんだろう。
 人間は3次元を生きている。空間には奥行きがあるからだ。つまり、ここから術式を撃つ必要はまったく無く、アーサー自身は糸のせいでその場から動けないのだから回り込んでそこから術式を撃てば万事解決である。ただし、糸で操られているドリスの動きが分からない――
 きゅっ、ともう片方の手に握られた剣の柄を握りしめる。
 結論は出た。この剣で糸を切り落とし、ドリスを解放した後に術式を放つ。
 先程は一択しかないと言っていたが、そんなのは大嘘だった。色々まだ出来る事はあるらしい。
 浅く息を吸い、動く。
 左側から回り込むようにドリスへ接近。アーサーが微かに目を細めたのが見えた。気のせいだろうか、目が合ったような気もする。だとしたら注意力散漫なのも良い所だが。
 何だか釈然としない気分を引き摺っているうちに剣を振るう。微かな抵抗感に、やはりドリスを操っていたのはこの糸だったのだと確信を得た。ただ振り上げた剣を振り下ろし、アーサーが動けば術式を放つ。それだけの簡単な作業はしかし、直ぐさま終わりを告げた。
 ぴっ、という微かな違和感。剣を握った手の、親指の、付け根。

「痛っ!?」

 反射的に上げた声と、手から剣がすっぽ抜けて床に転がる音が同時に響いた。