vsアーサー

2.


「今年はエヴァルドを抑え、とうとうイアンが来たか。トルエノの加入が大きく変化をもたらしたな。彼は君にとって唯一無二の絶対的な味方だろうから」

 優雅な笑みを浮かべたアーサーがその目に一切の笑みを浮かべず呟いた。一瞬だけ騒がしくなった執務室は今、完全に静まり返り元の静謐を取り戻している。誰もが警戒してアーサーへ斬り込まないが、間違い無く今にも戦闘に発展しそうな空気だ。
 ――が、誰かが動かなくては始まらない。
 イアンは手に持った魔道書をアーサーへと向けた。それを受け、構えるでも坊ぎょっ姿勢を取るでもなく薄く笑む上司。余裕に振る舞うのは結構だが、油断しているわけではないので余計にタチが悪い。
 仕掛けようとしている事に気付いたのか、ドリスが無言で剣先をアーサーへ向けた。切っ先が微かに震えているように見えるのは気のせいではないだろう。

「行くッス!」

 一番に動いたのは予備動作も何もしていなかったサイラスだ。彼の武器は拳。文字通り身体の一部だからか隊内の誰よりも動きは滑らかである。ただし、それが戦闘能力に直結しているかと言われればそうでもない、と悩ましげに答えるだろうが。
 サイラスの奇襲、それに押される形でドリスもまたアーサーへ斬り掛かった。少しタイミングをずらしての二段攻撃。舌を巻く連携だが、出来ればそれは任務時に発揮して貰いたかった。

「――ッ!サイラスさん、下がってください!!」

 悲鳴にも似たドリスの声が聞こえた。
 その瞬間――或いは、その一瞬前には事態が動いていたのかもしれない。
 サイラスが正直に突き出した右手を最小限の動きで躱したアーサーはそのまま伸びきった拳士の腕を掴み、そのままの勢いで掴んだ腕を引っ張り床に引き倒す。見ていた方の感覚としてはただ勢いよく飛び出したサイラスが勝手に転んだようにも、見えた。恐らくはサイラス本人も一拍間を置いてようやく転んだ事に気がついたのだろう、反応が遅れる。
 慌てて起き上がろうとしたサイラスの脇腹――の、真横辺りにタンッ、とアーサーの足が振り下ろされる。起き上がろうとして突っ張ったサイラスの腕が予期せぬ衝撃に折り曲げられ、再び床に転がった。

「そうか・・・さっきドリスが弾いた、投擲ナイフ・・・!」

 床に落ちていたそれがサイラスの余っていた服の布と床を縫い止めている。
 ――ここまでの動きがおよそ、1秒と半分くらい。
 そうして、ようやく事態に追い付いたドリスの刃がアーサーの首もと辺りに突き出された。もう模擬戦なんて優しい話ではなく、本能的に急所を狙う彼女の顔は恐怖で引き攣っている。
 それもまた器用な動きで躱し、いなしたアーサーは唐突に足払いを掛けた。予想だにしなかった動き、当然ドリス本人もまったくの予想外だったらしく、サイラスの丁度隣に尻餅をついた。が、さすがは実戦経験豊富な我が隊の大黒柱。すぐに状況を把握し、立ち上がる。

「来た、行くよ!」

 ここにきてようやく術式が完成した。

「狭い室内で平気な顔をして魔術を使う君にはいっそ敬服するよ」

 わざとらしい溜息を吐いたアーサーが右手を引いた。まるで、網とかロープを引くような動きで。
 「きゃっ」、と立ち上がったばかりのドリスがふらりとした足取りでアーサーと、イアンの間に躍り出る。ぎょっとして発動しかけた魔術を寸での所で停止した。このまま放てばアーサーだけではなくドリスにまで当たってしまう。
 鎌鼬関係の術式だったのだが、それは行き場を失い渦を巻きながらイアンの頭の横辺りに滞空している。