vsアーサー

1.


 ついにこの時が来た――来てしまった。
 《本部》に君臨する魔王、アーサー=スピアリング。ハロウィンでは数々の刺客を沈め、日常生活でさえ他者を叩き潰し、慈悲の欠片も持ち合わせない男。去年のハロウィンでもアルヴィンが玉砕して廊下に沈んでいたのは記憶に新しい――

「いい?ノック・・・するよ?」
「はい、お願いします」

 サイラスが物も言わず震えている。着いて来てくれたのは嬉しいが、大丈夫なのだろうか。人の事を心配している暇など無いが。
 それ以上は考える事を放棄し、震える手で執務室のドアを叩く。

「入っていいぞ」

 いつも通りの声が返って来た。が、恐らく今このドアを一枚隔てた廊下で何の作戦会議が行われ、誰がやって来たのかくらい彼は知っているのだろう。
 深く息を吐き出し、ノブを掴まない方の手に魔道書を出現させる。開けた瞬間が、開戦の瞬間だ。これから先にいるのは仕事の上司などではない――ハロウィンを牛耳る、魔王である。
 ドアを――開ける。

「せぇいっ!」

 開けた瞬間、まずはイアンが溜めていた術式の1つを放り込む。部屋の室温を下げ、上手くいけば直撃した相手を凍り付かせる氷爆。硝子が粉々に砕けるような音が室内に反響した。

「トリック・オア・トリート!」
「ああ、承知した」

 ついでのように投げ掛けた言葉。それに返って来た言葉に息を呑んだ。いつも通り――と、見せ掛けて不自然なくらい穏やかな声音。

「イアン隊長っ!」

 ギィン、と鉄と鉄がぶつかり合う音で我に返る。ハッと意識を現実へ引き戻せばいつの間にか後ろに立っていたはずのドリスが正面に陣取っていた。その足下には6本の細い投擲ナイフが散らばっている。
 恐る恐る顔を上げた。
 アーサー上司が微笑んでいる。
 手袋をした右手に、床に刺さっているナイフと同じそれを3本持って。