3.
「な、え・・・っ!?ど、どうしたんスか!?」
ぽかんと口を開けているサイラスにずいっと手を差し出す。
「トリック・オア・トリート。・・・で、サイラスはお菓子、持ってないんだ、ね?」
「えっ?いや、そりゃ・・・持って無いッスけど・・・」
ドリスと顔を見合わせる。ややあって、彼女はこう言った。普段は冷血さを押し通している剣士だが、今回ばかりは勝手が違ったらしい。
「仕方ありません、今回は見逃しましょう」
「ふぅん。いいんだ。じゃあ、私が勝ったら君達は次のお菓子争奪戦に付き合って貰おうかな。もしかしたら、素直に悪戯された方が良かったっていうことになるかもしれないけど」
「・・・要らないのですか、お菓子」
「売店100円のお菓子に興味は無いよ。目指すは1個数千円の超高級ケーキだからね。3人いればあの人からお菓子を貰えるかもしれないし・・・トルエノは抜けちゃったけど」
ちゃき、とドリスが剣を構える。サイラスが慌てたように口を挟んだ。まだいまいち状況が飲み込めていないようだ。
「あばばばば!?何か知らないけど、喧嘩は良くないッス!あれ、さっきも言わなかったっけ・・・?」
「これは喧嘩などではありません。ハロウィンです」
「アネゴ、それ、オレにも分かるように説明して欲しいッス・・・」
「・・・何だか冷めてしまいましたね。結局、隊長は何をしようとしていたのですか?誰のお菓子を・・・?」
不安そうに問い掛けてくる部下に対し、一瞬だけその名を呑み込んだイアンだったが、次の瞬間には今年――というか、未来永劫ラスボスの座に君臨し続けるであろう上官の名前を呟いた。
「アーサーさん。毎年毎年、ハロウィンに高いお菓子振る舞ってくれるんだけど・・・今回はエヴァルドさんも降したし、貰えるんじゃないかなって。まあ、負けてもお菓子くらいはくれるだろうし・・・」
「えええええっ!?ちょ、イアン隊長、正気ッスか?オレ、あの人超苦手なんスよ!」
「私もあまりお勧めは出来ませんね。ハロウィンですよ?間違い無く重傷負わされます」
「でも、ケーキ・・・」
「何スかそのケーキへの飽くなき執念!自分の命とケーキ、どっちが大事なんスか!」
「ううーん・・・」
「それ、悩むとこじゃないッス」
ややあって分かりました、と唐突に参加表明をしたのはドリスだった。彼女の顔には堅い決意の色が浮かんでいる。
「我々は一蓮托生。隊長が死地へ飛び込むと言うのならば、部下である私も従うべきですね」
「それかなり不安を煽るし、漏れなくオレも強制参加って事ッスよね!?ディーノさんズルいッス!どこ行ったんだあの人!!」
「当然です。さぁ、行きましょう隊長。貴方に高級ケーキを献上すべく、私達は最善を尽くす所存です!」
「ドリス、実は滅茶苦茶ビビってない?何か口調が変・・・」
「そんな事はありません!行きましょう早く!先程の戦闘で湧いたアドレナリンが消える前にッ!」
――あ、これ駄目なやつだ。
思ったがドリスが予想以上に混乱している上、ケーキが欲しいのは事実なので大人しくアーサーの執務室へ突撃する事にしよう。
サイラスは顔を蒼くしていたが途中で引き返すつもりは無いらしく、何事かぶつぶつ呟きながらも同行。何やかんやでノリの良い連中である。