1.
トルエノと別れたイアンはとある目的の為廊下を行ったり来たりと彷徨いていた。ハロウィンでなければ不審者である。
――と、そんな挙動不審者は部下であるドリス=キャンベルの後ろ姿を発見する。
そーっと猫のように忍び足で近付いた上司、イアンは当然のようにこう声を掛けた。
「「トリック・オア・トリート!!」」
「あ!」
「被って・・・しまいましたね」
ゆっくりとした足取りでドリスが振り返る。その顔に驚きは無い。恐らく先程から廊下を徘徊していたイアンを待ち伏せしていたのだろう。惜しむらくは例の言葉が被ってしまった事だが――
「ドリス、《本部》のハロウィンは初めて?」
「いいえ。隊長が仰りたい事、当然分かっていますよ」
ちゃき、と手の内に出現した大剣を躊躇無く構えるドリス。が、対峙するイアンの手の上にも魔道書が鎮座している。
「勝った方がお菓子、及び悪戯の権利を有す――そういう事ですね?いくら隊長とはいえ、手加減はしません」
「いいの、ドリス。ハロウィンは遊びじゃないんだよ?模擬戦の時みたいに私は優しくないからね。大人しくその袋に詰まったお菓子全部くれるなら見逃してあげてもいいよ?」
「ご冗談を。今日1日を何事も無く過ごす為に、このお菓子を手放す事は出来ません。身の安全の為、隊長のお菓子を貰い受けます」
そこで双方の言葉が途切れた。しかし、その間に飛び交う火花は消えない。
先に動いたのはドリスの方だった。身軽な動きで大剣を振りかぶる。
「ふふ、動きは素早いけれど、構えから攻撃までのモーションに無駄が多すぎるよね。私は後衛じゃないって、君は知ってるはずなんだけどな」
「はい。ですが、隊長が微妙に接近戦を苦手としている事も知っています」
――舐められたもんだよなぁ。
心中で呟きつつ、上段から振り下ろされた大剣の刃を真横に躱す。確かに進んで前衛を張る事は無いが、それでも剣の扱いについてとやかく言われる程落ちぶれているわけでもない。
魔道書を早々に還し、代わりに剣を持つ。物分かりの悪い部下に上司の恐ろしさを知らしめるのも悪戯の一環として最適だろう。
「完全前衛の私に、接近戦を挑みますか。傲慢が過ぎるのでは?」
「その言葉をそっくりそのままドリスへ返せるように頑張ろうかな」
躱した勢いでそのまま懐に潜り込む。微かに目を見開いたドリスが大袈裟な程に大袈裟な間合いを取った。
距離は中距離。この場にいる人間が持つ攻撃方法の、どれにも当て嵌まらない微妙な距離だ。