3.
「こんなもの、すぐに振り解いて――って、力強いな君!!」
腕を振ろうとしたのだろうが、結果としてエヴァルドは硬直したまま全く動けなかった。当然だ、相手は人間の皮を被ったドラゴン。
このままエヴァルドを伸して勝つ、という手も勿論あったのだがイアンの言いつけをそれなりに律儀に守っているトルエノは相変わらず人間を見下した感が薄れない一言を放つ。
「人に怪我させんなって言われてんだッ!菓子は諦めなッ!!」
「・・・成る程。君は加減が出来ないんだね」
「ハァ?」
瞬間、エヴァルドの掴まれていない方の腕が鞭のようにしなった。早過ぎて目で追えなかっただけなのだが。
双剣の切っ先は――トルエノの腕でも、足でもなく、真っ直ぐに眼球へ向けられている。
「ッ!?」
ハッとした顔をしたトルエノがあっさりエヴァルドの腕を解放し、数歩後退る。それは目を見張る速さだったが、同時に弱い部分を安易に晒した事に他ならない。
「ああ、やっぱり。竜種の鱗は堅いから絶対に物理攻撃なんて通らないと思っていたけれど・・・どんなに外皮が強固だろうと、眼球はそうじゃないんだね」
アーサー率いる主力部隊の中でもかなりの古株――エヴァルド。この程度で無力化出来るとは思っていなかったが、あのトルエノをあっさり退かせる辺りやはり彼も化け物の一角に他ならないのだろう。
「さて続きを始めようか――と、言いたいところだけれど」
「何ですか?」
「さっきのでちょっと腕の骨が変な感じがするな・・・。人に怪我をさせないなんて、どの口で言うのかな、君は」
あまり笑っていない顔でトルエノを見るエヴァルド。え、と声を漏らした相棒は素知らぬ顔を取り繕って明後日の方向を見ている。もっと上手く誤魔化せないものか、この爬虫類は。
「そういうわけで、今年は俺の負けだね。ま、例の言葉はこっちの方が先に言ったわけだし――チョコレートを1つ貰おうか」
「・・・随分と殊勝ですね、エヴァルドさん」
「ああ、気にしないで。まだまだ今年は行事が色々あるから。・・・ね?」
震える手で袋に入ったチョコレートを1つ手渡す。彼は甘い物を好むので、勿論ミルクチョコだ。なお、去年はこの菓子が大量に入った袋を全て持って行かれた。当然、その後は1人で彷徨く事も出来ずアーサーの執務室に籠もりきりになってしまったわけだが。
「あーあッ!何かもう俺様、お腹いっぱいだぜッ!そもそも甘い物とかあんまり好きじゃねーんだよな・・・部屋戻るわ」
言うだけ言ったトルエノがそそくさとその場から去る。恐らく彼は甘い物が嫌い以前にエヴァルドをうっかり怪我させてしまい、お叱りを受けるのが面倒だったのだろう。