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現実に戻って来たアレクシスは冷や汗がいたる所から噴き出すのを確かに感じた。少女の視線が突き刺さるとか、それどころではない。自分の過失だとは思わないが、軽はずみな行動の代償だという事はよく分かっているのだ。
そっと顔を上げて少女を見て見る。いきなり見ず知らずの男が血を吐いて動かなくなったのを見た彼女の顔面は蒼白だった。当然である。
「あ、ああああ、あの・・・!」
「すまない、少し待ってくれ・・・!」
「ひっ!?」
話し掛けておいて答えれば驚くとは何事だ。
とにかく、今の状態を鑑みてとても話が出来る惨状ではないので彼女の処遇について考えてみる。唇の端から垂れた赤色を拭い、彼女を村へ帰した場合のシチュエーションを思い浮かべる。
――うん、女の子が2人に増えて送り返されるところまでバッチリ想像出来てしまった。きっとこのまま彼女を帰しても、恐れ戦く村人達から新たな生贄が送りつけられて来る事だろう。
「あー・・・えっと、君」
「あわわわわわ・・・」
もはや口を開く事すら出来ないのか、ゼスチャーで自分なのかと問う少女。頷き返せば真っ青な顔で頷き返してくれた。何とも意志の疎通が面倒な娘である。
「とりあえず・・・今は君を帰せないから、一時はこの屋敷にいてくれないか?」
「はい?」
――えらくクリーンな発音だったな・・・。
初めて彼女とまともに会話出来た気がしたのだが、この残る虚無感は何なのだろう。
「まあその、そのうち帰すから。絶対に。だから、よろしく」
「・・・ひっ!?」
手を差し出す。もちろん、握手のつもりである。怯えたように少女が一歩だけ後退ったが、それが挨拶だと気付けばそっと握り返してくれた――指先だけ。
この瞬間、人間の体温が思った以上に高いと冷静に観察していたアレクシスとは裏腹に、氷のように手が冷たい彼に対し、エディスがドン引きしたのは知らない。
さらに、少女が足を一歩踏み出した瞬間に辛うじて形を保っていたプレゼント箱が踏み潰されて完全に形を失った事に関しては見なかった事にした。彼女は象か何かなのかもしれない。