4.
いったい何が起きたのか――位置的な問題で、アイリスにはそれがバッチリ見えていた。
ハッシュが懐から取り出したナイフでセレスティアの腹部を刺した。
それが、今起きた出来事の全てだった。様子がおかしかったとは言え、相手は腐れ縁のクラスメイト。まさかいきなり刺されるなどセレスだって予想していなかっただろう。そしてそれは恐らく、担任のエルバートもそう。
「う、ぐ・・・っ」
「・・・悪ィな」
まったく悪びれていない口調でそう言ったハッシュがセレスの肩を軽く押す。その衝撃だけでセレスの身体が傾き、生々しい音を立てて廊下に倒れた。元は黒かったはずの制服から零れた赤がインクを溢したように広がっていく。
「セレスティア・・・っ!」
エルバートが焦った声を上げる。それを待っていたかのように、ズボンのポケットからカッターナイフを取り出したハッシュが今度は担任へと襲い掛かった。
「先生っ!」
思わず絶叫じみた声を上げる。が、アイリスの声とは関係無しにハッシュの攻撃にいち早く気付いた教師はひらりと身を翻し、カッターナイフの一撃を軽やかに回避した。
全体重を掛けていたハッシュの上半身が泳ぐ。その際、踏鞴を踏んでセレスの腕を踏み潰した。ゴキッ、という痛々しい音が響く。人間の腕なんかを踏んだせいでさらに体勢を崩したハッシュの隙を見逃すこと無く、エルバートが不良にタックルをお見舞いした。
仰け反ったハッシュを蹴り倒し、うつ伏せにして素早く腕を捻り上げる。流れるような一連の動作だった。けれど、そのせいでエルバートの両腕は完全に自由を失ったし、何よりセレスが心配だ――
「おい・・・おいっ!アイリス!手伝え!!」
「え、あ、はい!」
何を手伝えと言っているのかは分からなかったが、一先ずようやく我に返ったアイリスは無理矢理足に動けと命令する。情けない事に、目の前で起きた光景に足が竦んでいるのだ。
「セレスティアに治癒の魔法を掛けろ!もたもたするな、一刻を争う事態だ!」
「・・・っ!」
正直ハッシュが恐かったが、屈んでセレスの傷口を見る。
銀色のナイフの柄が腹から飛び出ており、出血も酷い。とてもじゃないが、医者でも無いかぎり彼女を救うのは無理そうだ。止血ぐらいは出来るだろうが、現状維持になってすらいない、延命措置にしかならないだろう。
「おい誰か!誰か、医師と誰でもいい、教師を呼べッ!」
ようやく廊下で何かが起きていると察した生徒達がざわつき始めた。