3.
距離を取ったのはいいが、結果的に言えばそれは失敗だったのかもしれない。いや、赤の他人に対しての行動であったのならば間違い無く正解だったが、友人両名のその様子を見て「関わらない方が良いから」、と傍観を決め込んだのは大失敗である。
「――っ!?」
アイリスがそっとクラスBの面々から距離を取った瞬間だった。
短く息を吐いたハッシュが唐突に走り出す。まさに全力疾走で、運動音痴のアイリスはハッシュの姿を一瞬だけ見失った。
弾丸のような勢いで彼が向かった先はセレスとエルバートの元である。
「う、わっ!?」
セレスという不良にしては可愛らしい悲鳴。しかし、実際はそんな可愛い光景ではなかった。ハッシュが全力疾走した勢いのままに、思い切り――それこそ、同クラスの、それも腐れ縁程度の仲である彼女に対する力ではない程に思い切り突き飛ばしたのだ。
女性にしては力の強い方であったセレスも、さすがにハッシュの唐突な、それも容赦の無い行動に踏ん張りが利くはずもなく、突き飛ばされて廊下を転がる。まるで投げられた小石のように。
二転、三転し、壁にぶつかって止まったセレスが小さく呻いた。
百戦錬磨の教師、エルバートでさえ何が起こったのか把握出来ておらず、目を白黒させている。
――が、教師より先に動いたのは生徒の方だった。
突き飛ばされたセレスが顔を盛大にしかめながらも勢いよく飛び起きる。見た目は怪我など無いが、きっとあちこちに痣を作っている事だろう。
「何のつもりだ、ハッシュッ!」
怒号。彼女の怒りっぽい面も知っているはずのアイリスでさえ震え上がる気迫だった。怒るのも当然だが。
一方で、ハッシュ。彼であったら割と小心者っぽいところがあるから、彼女のこんな顔を見たら震え上がってすぐさま謝る体勢に入るのが平常である。
――が、当のハッシュは無表情だった。セレスの問い掛けに答えるつもりも無さそうである。正直、彼のこんなある意味で真剣な表情は初めて見たかもしれない。
「待て!何のつもりだ、ハッシュ!?」
ようやく我に返った担任が声を上げる。自クラスの生徒がまったくもっていきなり喧嘩じみた行動を取ればこの反応はある意味当然だ。
けれど、セレスの怒りが臨界点を突破している事もまた、事実。
「ふざけんなよ!あたしに何の恨みがあったのかは知らないけど――」
「落ち着けと言っている!」
「落ち着いてられるか!完全にあたしが被害者だろ!」
なぁおい、とここに来て初めてハッシュが言葉を発した。そんな彼をセレスが睨み付ける。怒りを通り越して殺気を感じる程だ。
――もし、私がセレスの立場だったのなら。
きっと萎縮してしまい、怒りではなく恐怖を覚えているだろう。
「弁解があるなら今のうちに聞いてやるよ!けどとりあえず――」
セレスの言葉は最後まで続かなかった。不自然に途切れた声。勝ち気で意外にも大きくて乙女チックな目が見開かれる。
「・・・は?」
彼女の口から漏れた声。ただの疑問符のようでもあったし、空気が抜けただけの音だったのかもしれない。