3話 繁栄する町

01.新しい仕事の話


 自室のベッドでゴロゴロと寝返りを打つ。ここはフラリス財団の拠点内部にある、兵舎とでも呼べる場所だ。綺麗な壁紙に日用品などが全て揃った場所。

 ただかなり暇だ。
 エビメロを強制送還して2週間が経過した。この間、何事も起こっていないので当然出動要請は掛からず、日がな一日を過ごしている。ちなみに、朝からは借りた空き地で魔法を撃ってみたりしていた。
 意外と仕事って無いんだな、が今の正直な感想である。

 ――と、不意に自室のドアを控え目にノックする音が響いた。弾かれたように顔を上げると、聞き覚えのある声が響く。

「ノーマンです、今少しよろしいですか?」
「はーい、どうぞ」

 言いながら鍵を開けた。ノーマンが顔を覗かせる。

「ああ、梔子。随分と暇だったようですね。誰も君と遊んでくれないのですか?」
「いや、遊んで貰うような歳でも無いので……。というか、ノーマンさんどうしたんですか?」
「10時から仕事についての会議があるので、それを伝えに来ました」
「わざわざノーマンさんがですか?」
「私は基本的にそういった仕事をする為にSSクラスに居ますからね。ほら、ただのヒューマンですし」
「へえ、そうなんですか」
「じゃあ、10時に第二会議室で」

 爽やかにそう言ったノーマンは去って行った。さて、現在の時刻は9時半。かなりギリギリに話を持って来たものだ。それとも急に決まった仕事なのだろうか。

 ***

 午前10時。
 梔子は言われた通り時間ピッタリに会議室に到着した。

「君は時間に正確だな。おはよう」
「おはようございます、ウエンディさん」

 室内に居たのはウエンディと、そして自分を呼び出したノーマンのみだ。仕事の話だと聞いていたが、随分すっきりした面子だ――

「お待たせ! 遅くなってごめんなさいね!」

 遅れてオーレリアが入って来た。更にその後ろからシキザキが顔を覗かせる。まだ何もしていないのに、既に不機嫌そうだ。
 揃っているメンバーを見て、吸血鬼のお姉さんは眉根を寄せる。

「あら? 何かしら、この面子。意図がさっぱり分からないわ」
「ええ。他の方は別の仕事に出払っていますので。さ、取り敢えず2人とも座って下さい。仕事の説明を始めましょう」
「チッ、下らん仕事なら行かんぞ」
「や、それを決めるのは貴方ではありませんので」

 苛々を振りまきながら、シキザキがどっかりと椅子に座った。その隣にオーレリアも腰掛ける。会議室の椅子が半分程埋まってしまった。

「人数が少ない割に、小娘はいるんだな」

 シキザキの棘のある言葉に、ノーマンが肩を竦める。

「そうですね。今回は召喚報告があっての招集ではありませんから。リゾート都市・アリエットにて召喚を目論むカルト集団――らしき者が彷徨いていると報告がありました」
「そんなもの、AかSクラスにでもやらせておけ。俺が知るか」
「まあまあ、シキザキさん。アリエットは大都市ですよ。しかも、常に観光客で賑わっており、一年中いつだって人で溢れています。そんな所で神魔なぞ召喚されようものなら――ええ、口にするのも恐ろしい事態になると言って過言ではありません」

 思い返すのは先日のエビメロ事件だ。あの小さな町でさえ、神魔が召喚された瞬間にその眷属に支配され、既存の生物は全て食い尽くされてしまった。それが、大都市などと銘打たれた町中で喚び出されようものなら。
 ノーマンの言う通り、事態は凄惨さを極める事だろう。

「そういう事ですので、召喚は必ず防がなければなりません。失敗は財団の沽券に関わると言っても良い。で、梔子さんの為に一応説明しておきますが、うちの運営費用は王都から供給されています。後は貴族の金持ちなんかからですね」
「という事は、大失敗すれば……」
「ええ。ここぞとばかりにただのヒューマン集団である王都の騎士団やら何やらが出張って来て、財団はお取り潰しです。まあ、ただでさえ色んな種を内包した無法地帯ですからね。うちは。言い訳のしようもありません」

 確かにそうかもしれない。シキザキなんかを見ていると、民間人からの絶大な支持を得られた組織とは考え辛い。大人しく仕事に従事し、結果を出す姿で納得して貰えているというのが正しいだろう。

 それにしても、とウエンディが僅かに首を傾げる。

「何故急にリゾート都市で召喚をしようと思ったのでしょうか。あんなに人目が付きやすい場所でだなんて、阻止されるに決まっているのに。血迷ったとしか思えませんが」
「ええ。それに関して調査をお願いしたいところです。もし、大都市で神魔を召喚するに至った『何か』があった場合は回収も仕事の内ですから」
「今回の目的は召喚阻止を大前提とし、実際はその『何か』を捜すのが仕事、という事ですね」
「はい。物わかりが早くて助かります」

 話の趣旨を理解したウエンディは口を閉ざしたが、代わりに心底面倒臭そうな顔をしたシキザキは首を振っている。

「温そうな仕事だな」
「というか、ノーマン殿? まだ喚び出されていないのなら、梔子は留守番の方が良いんじゃないかしら?」

 悩ましげな溜息を吐くオーレリアに慌てて梔子は反論した。

「ええっ! 留守番はちょっと、暇すぎるので嫌です。というか、リゾート都市って場所なんですよね? 凄く行ってみたいんですけど」
「意外とアクティブなのね、梔子……」

 意外にも会議の主導権を握っているノーマンは梔子の味方をした。と言うより、最初からそのつもりだったのだろう。

「いえ、梔子は大陸の全容を全く知りません。彼女はどうやら、別のどこかから来たようですし。ですので、少しでも地理を知ってもらう為にも今回は同行して貰います。何事も簡単な仕事から慣らしていかなければ」
「この間のエビメロ事件は例外、という事かしら?」
「ええ。本当は今回のような仕事から任せたかった」

 どうやら仕事に同行させて貰えるようだ。やっとこの退屈過ぎる日々から脱却できるらしい。

「では、少し遠いので支度をしたら早速出発して下さい」