1話 遊戯の支配人とお遊び

01.神社の中


 固い床の感触と肌寒さ。いけない、フローリングに寝ていると身体が痛くなってしまうし、何より風邪を引いてしまう。しかも床の型が顔に残ってしまい、面白い顔になってしまう事だろう。早急にベッドへ戻って寝なければ。

 寝起きで上手く働かない脳に鞭打ち、神薙梔子はゆるゆると目蓋を持ち上げた。二度、三度と瞬きを繰り返す。

「……どこだここ」

 長い事この寒い場所に横たわっていたのだろうか。予想外に掠れた声が自身の喉から発された。
 いや、それはいい。
 問題はこの小屋のような場所に全く見覚えが無いという事だ。電気の明かりも無いのでかなり薄暗い。築30年くらい経っていそうな木製の床の感触がする。ワックスも何も掛けず放置していたような、床だ。
 しかも、遠くから祭り囃子のような音も聞こえてきている。近隣で祭りがある予定などあっただろうか。

 ――いや、もしかしたら夢、を視ているのかな。
 そこまで考えてそれは無いなと馬鹿げた思考を打ち切る。取り敢えず寝ていても仕方ないので、梔子は恐る恐るその身体を起こした。
 身体は痛くない。どころか、最近で一番軽やかに感じる。
 それを確認し、次の瞬間には梔子は勢いよく立ち上がった。身体を起こすという全身運動を難なくこなして、更に足下に何か見覚えのある物が放置されていると気付く。

 丁度、先程寝転んでいた場所の隣。大きめなサイズの本のような物を発見した。ただし、表紙にはかなり見覚えがある。

「設定画集だ……!」

 とある人物達からアルバイトという体で託されたイラスト集。化け物のイラストに名前だけが書いてあり、この化け物に相応しい設定を考えるというアルバイトをしていたのだ。
 やる事も無かったので承諾したが、結局、仕事の全てを終える事は出来なかったのを覚えている。
 ついこの間の話なのに酷く懐かしい気分を覚えながら、腰を折り、画集を手に取る。自分の持ち物なので嵩張るが手に持っておくことにした。

「ん……?」

 本から香る、微かな焦げ臭いような匂い。確かに鼻孔を擽ったその臭いはしかし、更に深く吸い込んでも再度臭う事は無かった。気のせいかとも思ったが、何故だかつい最近嗅いだような焦げ臭さだったと言える。

 それ以上焦げの臭いについて考えるのを止め、小屋の出入り口を見た。ここで黙っている訳にはいかない。外に出てみよう。
 戸に手を掛け、引く。
 戸は何の抵抗もなくあっさり開いた。鍵なども掛かっていない。

 外に出て気付いたが、ここは神社の境内のようだ。目の前には賽銭箱も見える。更に、何故か遠くからずっと縁日で流すような音楽が流れてきている。音は町内放送などで使われるスピーカーから発されているようだ。
 空は真っ暗。夜のようだが、この角度からは月すら見えない。というか、星の瞬きも見る事は叶わないようだ。
 ただ、幸いにして祭りの屋台が並んでいるのでそれの発する明かりで転ぶ程真っ暗ではない。道などはハッキリと視認出来ている。

 ――どうしてこんな所に……。
 もう何年も行って居ない、町内の境内である事は確かなのだが、既視感と同時に全く知らない場所であるような感覚が抜け切らない。

 ここから離れた方が良いだろうか。確か、このまま道なりに真っ直ぐ進めば普通に神社から出られるはずだ。
 釈然としない気持ちを抱えながらも、梔子は踏みしめるように一歩を踏み出した。順調に歩を進め、時には屋台を横目に見ながらすぐに神社の出口を示す赤い鳥居に辿り着く。

「あれ、こんなに階段長かったかな」

 鳥居からすぐに伸びている階段を見て首を傾げる。下りの階段には光源が無いせいか、真っ暗な闇が広がっている。まるで、階段に終わりが無いかのようだ。
 嫌な予感に襲われながらも、鳥居を潜り、階段を下へ下へと下りていく。

 ――可笑しい、一向に道路に辿り着かない。
 手摺りをしっかり持って下りるが、それでも階段の終わりがやって来ない。段々と息が切れ初め、とうとうその足を止めた。
 どのくらい歩いたのかを確かめる為、背後を振り返る。

「……嘘」

 背後にはすぐ鳥居があった。まるで一歩も動いていないかのようだ。
 どういう原理なのかは不明だが、神社から出る事は出来ないらしい。溜息を吐いて、再び神社の中へと戻る。もう一回だけ、階段の方を振り向いた。やはり、底があるのか分からない闇が広がっているのみだ。
 ――どうしよう。そういえば、スマホとか持ってないのかな。
 外部に連絡を取るべきだろうか。だが、それも馬鹿馬鹿しい気がする。第一に――

「ねえ」

 突如聞こえた自分のものではない声に息を呑んで身を固くする。恐怖が全身を駆け巡った。
 全く人の気配を感じなかったし、神社からここまで一本道で人とも会って居ないのに、一体誰が背後に立っているというのだろうか。