2話 理想と虚像

03.センターお泊まり会(予定)


 ***

「――と、言うわけなんだけど」
「いやあ、大変でしたね……」

 霊障センター勤務当番、ハカタに事の概要を話終えると彼は顔を曇らせて頷いた。人の事を言えた義理では無いが、彼もまた機関での勤務が心身に負担を掛けていそうだ。妙な親近感を覚えていると、悩ましげな顔をした白札の彼は首を横に振る。

「僕ではやっぱり何が起きているのかハッキリとは分かりません。明日、蛍火さんが帰って来るのを待った方が手っ取り早いですね」
「ですよね……」
「部屋を用意しますから、ミソギさんはそこに泊まって下さい。明日、朝一で診て貰いましょうよ。その、もしかしたら呪いの類いかもしれないし……」

 ――泊まりたくない……!!
 霊障センターは正直、夜中来るにはかなり不気味な場所だ。そこで一泊するなど冗談では無い。しかし、明日の仕事の事を考えたら早急に蛍火に診て貰う必要があるのは確かだ。
 ここで、一つ閃いた事がある。

「トキ、南雲、どっちでも良いから私とセンターお泊まり会しようよ!! 1人でセンターに残るなんて絶対に無理!!」
「あー、そっすよね。俺もぶっちゃけ嫌っすもん」

 一番に理解をしめしたのは南雲だった。腕を組んで、うんうんと頷いている。これはもう一押しで行ける、そう確信した刹那。

「でも俺、トキ先輩の車逃したら家に帰るのに時間掛かっちゃうんすよね……。夜出だったから飯も食ってねぇし」
「そうですか。しかし、この時間にセンターでは飲食出来る場所はありませんよ」

 ハカタがこれまた申し訳無さそうにそう言った。そういえば、この近辺にはコンビニすら無い。
 そして、追い討ちを掛けるようにトキがぴしゃりと言い放った。

「用の無い私達がセンターに泊まれば邪魔になる。1日くらい我慢しろ。お前には正当な理由があるが、私達には無い」
「ぐっ……。まあ確かにそうなんだけどさ……」

 これ以上食い下がっても良い事は無さそうだ。観念したように、ミソギは頭を振った。

「仕方無いね……。相楽さんには私が遅れるような事があれば、言っておいてよ」
「うっす、了解っす!」
「一応メールもしておこう」

 素早くスマホで、明日の仕事に遅刻する可能性があると打ち込む。これでオッケー、と画面を消そうとしたところすぐに返信が来た。暇なのだろうか。

『了解。お大事に』

 とだけ書かれている。結構いい加減なおじさん、というイメージが強い組合長だが、もしかして組合員が働いている間はずっと起きているのだろうか。感服の至りである。

「じゃあ、先輩。俺等も帰ります! お大事に!」
「あまり騒いでセンターに迷惑を掛けるなよ」
「うん分かった。代わりに滅茶苦茶メッセ送るね。寂しいし」

 トキには溜息を吐かれてしまったが、止めろとは言われなかった。
 2人と別れると、ハカタが「こちらです」と今日泊まる部屋へ案内をしてくれる。

「……えっ、私が泊まる部屋って3階?」

 エレベーター3階のボタンを押したハカタに思わずそう訊ねる。彼は苦笑して首を縦に振った。

「3階にはフリースペースの休憩所があるんです。その部屋が唯一空いているので、今日はそこで待機お願いします」
「あー、3階かあ……」

 チラつくのは先日、302号室の前を通った時の出来事だ。ただ、あの時はまだ昼だった。今日は深夜である。氷雨の妹と言う結芽ちゃんとやらも眠っているはずだ――

 視線を感じ足を止める。奇しくも302号室の前だ。そうっと、部屋の中へちらっと視線だけを忍ばせる――目が合った。部屋の主である、樋川結芽と。
 彼女は笑顔でこちらへ手を振っている。思わずその手に振り返し、慌ててハカタの背を追った。何でこんな時間にまで起きているんだ。吃驚してしまった。

 ***

「へえ、ミソギちゃんが。そんなに強い怪異だったのかい?」

 翌朝。ハカタから深夜の報告を受けた蛍火は、ミソギが仮眠を取っている部屋へ向かった。酷い霊障だったと窺ったが、見た目が酷いだけで大した事はないだろう。
 そう思いつつ、仮眠室のドアをノックする。
 ――返事が無い。

「おや? ミソギちゃん?」

 やっぱり返事が無い。仕方無く、とある手順に沿って無理矢理鍵を開け、中へ入った。センターの部屋に付いている鍵は管理者だけが知っている手順を行使すると、鍵が無くとも開くようになっているのだ。
 まさか中に居ないのか、そう思ったが何の事はない。ミソギは備え付けのソファベッドで普通に眠っていた。昨日の夜が遅かったので、気付かなかったのかもしれない。

「おーい、後が押しているから早く起きてくれないかな? ……ん?」

 停滞した空気。一定のリズムで刻まれる寝息。それがちっとも揺らがない事に気付いた蛍火はポケットからスマートフォンを取り出し、早々に相楽へと連絡した。