3話 反転する駅

09.怪異とは二段構えである


 ***

 南雲と共にコインロッカーへ向かう事になった。正直、彼はまったく頼りにならないので心配な事この上無いが、逆説ミソギ自身も頼りにならない先輩なのでおあいこである。

 たかだかロッカーへ向かうだけだと言うのに、まるで何時間も歩いたように足が重い。しかも隣を歩く南雲は恐怖のせいか、こんな時に限って無言だ。

「あ、あのさ南雲」

 自分から話し掛けなければ、この気まずい沈黙は祓えない。そう感じたミソギは重々しく口を開いた。あまりにも深刻そうな声が出てしまったせいか、強張った顔で南雲が応じる。

「ななな、何スか、先輩……」
「いやごめん、大した事じゃないんだけどさ……。黙ってると怖いし、何か喋ってよ」
「急な無茶振りすか!? ミソギ先輩、そういう所ありますよね」
「特に話題性のある議題も持ってないからね」
「そういう事じゃねぇんすよ」

 一瞬の沈黙。その隙間。
 ――……ギャァ、オ……、……オギャァ……。
 そんな、赤ん坊の独特の泣き声が耳を掠めた気がした。ギョッとして同行者である南雲を見るも、彼は話題探しに夢中である。間の悪さに理不尽な怒りを覚えつつも、今確かに聞こえた声について話そうと口を開く。

「な、南雲!」
「うわビックリした、何スか? え、なになに!? 何スか!?」
「落ち着いて聞いて……。今、確かに赤ちゃんの泣き声が聞こえた気がする」
「えええええええ!? え、マジで!? ロッカーまでまだ距離あるけど、もう聞こえたんすか!? あああああ! 居るうううう!! それ絶対に居るってセンパァァァイ!!」
「ちょっと! 大きな声出さないでよ!!」

 まだロッカーに踏み込んですらいないというのにこの慌て様。人の事は言えないが、胃が痛くなってきたような気がして、お腹を押さえた。
 もう目的地は目前だ。腹を括らなければならない。
 止まっていた足を無理矢理動かす。南雲は悲鳴こそ上げてはいるが、先輩一人に行かせるつもりは無いらしく、ちゃんと着いて来ていた。こういう所がカワイイ後輩たる由縁なのだと思う。

「い、行こう南雲……。私の骨は拾ってね」
「ちょ! 俺を一人にしないで下さいって!!」

 一歩も離れる事無くぴったりと後輩が着いて来る。滅茶苦茶歩きにくいが、離れろと言う勇気は無かった。

 恐る恐る、角を曲がり、『コ』の字型になったコインロッカー置き場に足を踏み入れる。端的に述べてしまえば、赤ちゃんの泣き声が聞こえるそこに、赤ちゃんそのものの姿は無かった。
 ただただ不安を煽る、赤ちゃんの泣き声だけが狭いロッカーに響いている。
 が、ここで急速な違和感が全身を襲った。

「ねえ。ちょっと、ねえ、南雲」

 耳を押さえてその場に蹲ってしまった南雲はぶつぶつと念仏を唱えている。もしかしたら彼、自分以上に恐がりなのかもしれない。哀れに思いながらも、その両手を耳から引き剥がす。

「ねぇってば!」
「あばばばばば!? ウワアアアア! 呪われるぅッ!!」
「呪われないって! あのさ、これ、泣き声が一定過ぎない? ほら、録音をエンドレス再生してるみたいな……」
「え?」

 何故か涙目の南雲が僅かに冷静になって耳を澄ませる。ややあって、落ち着きつつある後輩は静かに首を縦に振った。

「そう言われてみれば……そっすね」
「ほら! 誰かのイタズラなんじゃないの? そっち半分、ロッカー開けてみてよ南雲」
「うっす! 了解っす!」

 人のイタズラ、という希望が見えたらしい後輩は途端に元気になった。切り替えの早い奴である。

 ロッカーを1つ、2つと端から順に開けて行く。
 お目当ての物を見つけたのはミソギだった。奥から3列目、上から2番目の小さな荷物を入れるコインロッカーにラジカセを発見。古い型で、中でテープが回っているのが見えた。CD以外の媒介は絶滅したものと思っていただけに、興味深い。
 人のイタズラか、と呟きながら証拠の品を取り出す。電池式なのだろうか。コンセントが付いている様子は無い。

「南雲? これを持って、相楽さんの所に――」
「先輩!!」

 見れば、後輩は酷く青ざめた顔をしていた。どうしたの、とそう聞くより早く他でもない本人の口から解答を聞かされる事となる。

「先輩、それ……!! 電源、入ってないっす!!」
「え……?」

 ラジカセを見下ろす。いやに簡単な造りのそれは、成る程確かに、『オフ』の方へ電源が倒れていた。
 ――では何故、このラジカセから赤ちゃんの泣き声が響き続けているのだろうか?
 状況を理解、把握すると同時に冷たい感覚が背筋を滑り落ちる。それが恐怖である、と脳の冷静な部分が知覚した瞬間、駅の空気が一変した。