1話 家族問答

09.町子さんと息子たち


 ***

 『たいようの家』では一回やらかしているので、最悪、門前払いを喰らう事になるかと思われたがそんな事にはならなかった。すでに町子が落ち着いたからか、警察の捜査に協力しようという方針なのか、あっさりと中へ入れてくれたのだ。

 凛子が不意にこちらへと視線を移し、口を開く。

「ミソギちゃん、君にお願いしてもいいかな?」
「えっ、私に町子さんから話を聞けって言ってるんですか!?」
「うん。孫だと思われているようだし、私は前回、怒らせてしまったからね。お願いするわ」

 ――それは除霊師の仕事ではないのでは?
 そう思いはしたが、どうなのだろう。今月は解析課担当だし、協力すべきなのだろうか。
 そうこしているうちに、再び職員に連れられて町子が姿を現す。トキは付いて来なかったが、南雲はいるのでそちらへと目配せした。後輩は狼狽えた顔をしている。どうしたコミュニケーションおばけ。

「せ、先輩。そもそも俺等は何を聞き出せば良いんすかね?」
「えっ、さあ……。三面鏡の持ち主について?」
「そんなん、いちいち覚えてっかな」

 尤もではあったが、南雲はやって来た町子へ果敢にも話し掛けた。孫のふりを突き通すつもりらしい。
 南雲を視界に入れた町子はにこやかな笑みを浮かべている。先程、怒り狂った姿が幻だったかのようだ。背筋にゾッとした何かが奔る。そうして、彼女は最初に出会った時と同じような問いを口にした。

「あらあら、あんたは誰の子だったかね?」
「斜め前の家の孫だって、おばあちゃん。ところでさ、聞きたい事があるんだけど。おばあちゃんさ、家にある大きな三面鏡っておばあちゃんの?」
「三面鏡……? 男の子みたいだけど、使うの?」
「いや、私が使います」

 要らん話が始まりそうだったので、咄嗟に名乗りを上げる。唐突に生えた第三者だったが、町子の中では『ミソギ』という存在もまた誰かの孫なのだろう。納得したように頷いている。

「鏡は一杯あるからね、手鏡をやろうかね」
「いやっ、ちがっ……」
「息子ばっかりでねぇ。おばあちゃん、おめかしするのが好きだから」
「……三兄弟ですもんね」

 適当に打った相槌にしかし、町子は小首を傾げた。

「あら、おかしいねえ。うちは男2人兄弟よ。祐司と聡の」
「……? 幸哉さんは?」
「うん?」

 背筋に氷が伝い落ちて行ったかのような感覚。
 先程、木山幸哉の話が出た時は怒り狂って手が付けられなかったというのに、彼女の中に幸哉という存在は居なくなってしまったようだ――

 まるで、存在を抹消されてしまったかのように。

「……南雲、戻ろうか」

 やはりあの三面鏡は彼女のものだ。そして、これ以上の会話も無意味である。長男、幸哉は最初から存在していなかった。それが町子にとっての真実であり、事実なのだ。そういう事になってしまった、それが揺るぎのない真相である。
 状況を呑み込めていない後輩が首を傾げているのを余所に、職員に話を聞いていた凛子を捕まえる。

「凛子さん、戻りましょう」
「どうなったか分かったかな?」
「いいえ。推測でしかないですけど、こっち側の職視点では、多分間違い無いです」
「分かった。少し前にも迷惑を掛けてしまったからね。町子さんを怒らせてしまう前に撤退しよう」

 もう一度、町子の方を振り返る。朗らかに微笑む様は、長閑な昼下がり平和なワンシーンを連想させてしまう。酷く釈然としない気持ちを抱えつつ、ミソギはその光景に背を向けた。
 彼女はこれからどうなるのだろうか。身内での問題なので、第三者というか赤の他人である自分が気にしても仕方のない事なのだが。

 ***

 凛子と共に公的な書類を作成、完了報告を終えた後、支部へ帰って来た。それから更に相楽へと報告を終え、現在はロビーで休んでいる。
 目の前には疑問顔の南雲と済ました態度のトキが座っていた。

 やっと一息吐けたタイミングを見計らってか、ずっと何か訊きたい表情だった後輩がここぞとばかりに口を開く。

「えーっと、結局、何で俺等はいきなり撤退して帰って来たんすか?」
「解決したからだろう」
「いやっ、それは分かってるんすけど! 俺的にはアレの何が解決だったのかマジで分かんねぇっす! トキ先輩はあの場に居なかったけど、何が起きたか分かってたんすか!?」
「いいや? が、特に気にする事も無いな。他人事だ」
「ドラァァァイッ!!」

 つまり、といつまでもロビーで騒がしくする訳にはいかないので言葉を紡ぐ。それに、南雲は来月の担当だ。状況を把握出来ていないのも問題だろう。

「あの三面鏡はやっぱり町子さんので、呪いの主犯格も恐らくは町子さんだった」
「いや、意味分かんないっす。はい。そんな事するような人には見えなかったけどな……」
「町子さんも、そんな事するつもりは無かったと思う。ただ、鏡とか人形とか、一定の道具は人の恨み辛みを吸収しやすいから。町子さんは知ってたんじゃないかな? ずっと前から、長男さんが自分の年金に手を着けてたのをさ。一緒に住んでた訳だし」

 最終的には幸哉が使っていたあの寝室。あの部屋は町子のものだ。まだしっかりと意識があった頃、彼女はあの部屋で何を思っていたのだろう。
 もし、木山幸哉が町子にとって他人であったのならば。
 表側の警察に頼るなり何なりして解決していただろう。しかし、幸哉は息子だった。定職に就いていない幸哉を、母親である彼女は見捨てる事が出来たのだろうか。
 発散しよのない怒りや憎しみ、恨みはあの鏡に吸収され、その元凶を呪い殺しに掛かったのかもしれない。

「気の重い話だったね……」
「うっす。俺、来月、大丈夫かな……」

 ――私に至っては、今月始まったばかりだけどね。
 憂鬱過ぎたので、言葉には出来なかった。