1話 家族問答

08.写真と三面鏡


 感じ取った事を凛子に報告する。彼女は驚いた様子も無く、至って平静に頷いた。

「分かった。やっぱり人が起こした殺人事件の類なのね。それとは別に、寝室も一応見て貰っても? 『何か居る』のが本当なら、この後に来る家の解体業者が苦労するかもしれない」
「あ、はい。勿論」

 リビングを避けた廊下へ身を翻すそう、この廊下。一直線でその先には鏡があり、玄関へ続く為90度に折れ曲がっている。鏡に映し出された直線上がとにかく不気味で仕方が無かった。
 真夜中、ふとした拍子に廊下へ出た時、意図せず鏡の中に映り込む『何か』を見てしまいそうな不気味さがあるのだ。
 しかも丁度、陽が当たらないのでどことなく薄暗く湿気がある。

 そう長くは無い廊下の中腹に寝室はあった。引き戸は閉じられており、外から中の様子を伺う事は出来ない。戸に手を掛けた凛子が思い出したように首だけを捻って背後の人員を見た。

「そうだ。……ここ、重要な部屋で片付けがされていないの。見る人によっては気分を害すかもしれない。具合が悪くなったら、私に遠慮せずすぐに部屋から出てね」
「えっ? ちょ、ま――」

 一思いに凛子が戸を開け放った。先程、風呂場の前程、何かの臭いがする事は無い。具体的に言うのなら、古い一軒家の一室じみた臭いだ。

「ひっ……!!」

 息を呑むような悲鳴を上げたのは自分だったか、南雲だったか。
 部屋の中は精神が不安定になるような様相だった。
 壁一面に貼られた写真、写真、写真――色んな人物が写った写真が所狭しとセロハンテープで貼られている。その中には見知った顔が幾つかあった。木山祐司、町子などだ。そんな写真群の中にはまだ小さな女の子や男の子、中学生くらいの少年の写真などとにかくバラエティーが豊富だ。
 身内の写真と、他の子供の写真は何なのだろうか。兄弟の幼かった頃の写真? それとも、甥や姪だろうか。どことなく、全体的に皆顔が似ているような気もする。

 一方で、壁にピタリと寄せられたベッド。そのベッドがある壁には何も貼られていない。代わりに、ベッドの壁側に大きめの三面鏡が開かれたまま放置されていた。何の意図があって?

「えぇえぇぇ〜……。何なんすか、これ! 何なんすか!?」
「お、落ち着いて南雲……! きっとあれだよ、ほらあれ、あれだって!」
「先輩も落ち着いて下さいって! つか、この三面鏡は何すかね。嫌な感じ」

 こちらの会話を聞いていた凛子は、南雲の問いには答えず、代わりに別の言葉を口にした。

「寝てみるかい?」
「えっ、俺!?」
「何で三面鏡があるのか、って訊いてきたでしょ? だから、寝てみるといいよ。すぐに分かる。横になって、三面鏡を覗いてご覧」
「い、いいんすか? つか、絶対に何かあった時に俺を置いて逃げ出さないって約束して下さいよ、マジで!!」
「大丈夫、何も起きないから」

 正直、凛子の言葉はあまりアテにならなかった。恐らくは捜査の為に、ここへ寝転んだ同僚がいるのだろう。しかし、その同僚は怪異と関わりのない、そちらの部門では素人に違い無い。
 が、南雲は違う。彼は多大な霊感を持った除霊師だ。何か作用して、三面鏡に隠された怪異のような『何か』が目覚めないとも限らない。

 止めるべきか否か、逡巡している間に南雲が言われるがままベッドに横になる。三面鏡に映った南雲の顔が盛大にしかめられた。

「うわぁ、何かこう、人に囲まれてる感じがするっす。壁の写真がよく見えるっていうか……。何だろ、悲しくなってきた。あと、この三面鏡も何か嫌な予感が……」

 人に囲まれている感じ。南雲の一言にもの悲しさを感じずにはいられなかった。木山幸哉は、何を思ってこの部屋で寝泊まりしていたのだろうか。
 しかし、この三面鏡からも禍々しい気配がする。これも――いや、これこそが呪具だったのではないだろうか。

「凛子さん、三面鏡は誰の持ち物なんですか?」
「町子さんのものじゃないかな。ここは元々、彼女と旦那さんの部屋のようだし」
「旦那さんは?」
「亡くなっているよ。もう10年以上も前の話だね、彼はガンだったようだから、呪いとは無関係だ」
「……とにかく、凛子さん。呪いの元は、多分この三面鏡です」

 少しばかり彼女は面食らったかのような顔をした。それはつまり、息子が死亡した母という立場だった町子が、容疑者になるかもしれないという疑惑を孕んでいたからだろう。
 しかし、すぐに切り替えた凛子はくるりと踵を返す。

「――もう一度、ホームへ行く必要があるね」

 トキが南雲、と未だに転がったままの後輩を呼び戻す。おっかなびっくり起き上がった後輩は見るからに元気が無かった。恐ろしいものを見た、と言うより悲しい事があった、という反応。
 感受性の高い南雲は木山幸哉に心底同情しているようだった。もし、彼の周りに南雲のような人物が居たのならば。違う結果になっていたのだろうか。今となってはどうしようもないし、木山幸哉にも身内は居たのだから南雲の出る幕など無いだろうが。

「南雲、行こうよ」
「うっす」