1話 家族問答

06.木山祐司


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 三男、木山祐司との待ち合わせ場所はお洒落なカフェだった。今回もトキは車に残るようで、ミソギと南雲に行って来るよう促す。恐らく、今日は付き添いのつもりなので事件の核心に触れる部分には出来るだけ遠慮しようとしていたのだろう。

 凛子と南雲、そして自分の3人でカフェへ入る。凛子がスーツを着ていたので目立つのだろう。木山祐司らしき人物がすぐに手招きした。

「三男さんってあの人ですか、凛子さん」
「ええ。一度打ち合わせで顔を合わせたから間違い無いよ」

 木山祐司という男は疲れ切った目をした中年の男性だった。何か、必要書類の山にでも追われているのだろうか。死んだ目をし、悲壮感が漂っている。身内が亡くなっているのだ、当然の状態だろう。

「それで僕に何の話ですか? すいません、色々と手配しなきゃならない書類とかあって、暇じゃ無いので……」
「勿論。まず木山幸哉さんについて、知っている限りの事を教えて頂いても?」
「兄はフリーターです。辛うじて働いていたのですが、母がホームに入ってから辞めました」
「それは何故? お母様が老人ホームに入られたのなら、尚更働かなくてはいけないのでは?」

 ここで初めて祐司はバツが悪そうに視線を下向けた。

「いや、それが……お恥ずかしい話なのですが、母の年金を、その……勝手に使っていたようで」

 絶句する。その貯まっている年金は町子自身の物だ。何かあった時の為に下ろされる、彼女の為の財産。それを勝手に使っていた。というか、よくもそんな話を部外者にしたものだ。
 この驚くべき事実に対し、凛子は酷く冷静だった。一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに事務的な顔に戻る。

「成る程」
「それが元で母のアルツハイマーは悪化しました。前までは辛うじて僕達の名前と顔くらいは覚えていたのに……母にとって、兄の幸哉は抹消したい事実なんでしょうね。ですが、一応兄の名誉の為に弁解しておきます。僕と次男が年金の件を咎めて以降、勝手に着服したりはしていないようです。まあ、働いてもいないプーだったんですが……」
「失礼ですが、お兄様はどうやって生活していたのでしょうか? とてもじゃないですが、まともな生活が出来るようには見えません」
「……いやそれがですね、あらゆる場所に借金を……。実家も酷い有様で、水道以外はすでに止められていました」

 ――クズ……。
 言い掛けた言葉を慌てて呑み込む。こんな身内が自分の周りにいたら、どうだろうか。除霊師稼業である以上、身内との縁は薄いがそれでも――どれだからこそ、軽蔑するのかもしれない。
 目の前の木山祐司はどうだろうか。その実兄に対し何を思っているのか、甚だ疑問である。

 すいません、とおずおずと祐司が口を開いた。胡乱げな目。それは兄の死を悲しんでいると言うより、その他諸々について考えているような目に見える。

「1つだけ、お願いがあるのですが……。いえ、無理そうならいっこうに構わないんですけど」
「何でしょう。我々に出来る事であればお伺いしますよ」
「いえ、大した事じゃ無いんです。ただ、母には長男が死んだ事を伝えていません。伝えてもすぐに忘れてしまいますし、『たいようの家』の皆さんにも暴れて迷惑を掛けるのはちょっと、と思って」
「ええ、勿論です。責任を以て、約束致します」
「すいません、有り難うございます。……えぇっと、それで他に聞きたい事は?」

 そうですね、と凛子が眼を細める。

「幸哉さんは……誰かとトラブルになったり、恨まれている、なんて事はありませんか?」
「先程も言った通り、借金したり、酒癖も悪いですからね。誰に恨まれてたって、正直不思議じゃないですよ。本当」
「そうですか。分かりました、貴重な情報を有り難うございます」

 いえいえ、と言いながら祐司は立ち上がった。伝票を取ろうとした手を凛子が制する。情報料の一貫だと察したのか、祐司は軽く頭を下げると足早に出て行った。入れ替わるようにトキが店へ入ってくる。

「これからどうするんだ?」

 椅子の一つに腰掛けたトキの問いに、凛子は悩ましげな声を漏らした。

「現状で、呪殺云々は判断可能かな?」
「無理だな。貴様は我々を何だと思っているんだ。せめて現場を見ない事には何とも言えないな。逆に、現場さえ見ればどっちか判断も付きそうだ」
「そう……。なら、気は進まないけれど現場へ行ってみようか。許可自体は最初から下りているし」
「なら何故、最初から行かなかった」
「……みんな君みたいにメンタルが強い訳でも、私みたいになれている訳でもないからね。しかし、仕事は仕事か」

 ――何だか不穏な前置きである。
 ミソギは注文したアイスティーを飲み干し、ゲンナリとした溜息を吐いた。