1話 家族問答

04.それぞれのお仕事


「それで、仕事の話だけれど」

 コーヒーを淹れてきた凛子がそう切り出した。そうか、仕事の時間か。最初はかなり緊張していたが、いつも通りに仕事をやればいいだけ。いつも通りに、怪異の相手をすればいいのだ。
 そう言い聞かせながら熱いコーヒーを冷ましつつカップを傾ける。

「実はですね、男性の変死体が上がっていまして」
「ゴフッ!?」

 口に含んだコーヒーは酷く熱かった。しかも、今まで機関の仕事ではあり得なかった単語が聞こえてきて、一瞬耳を疑う。今変死体って言った? 今変死体って言った!?
 ミソギ、とトキの呆れた声音が正面から聞こえてくる。

「言っておくが、白札の連中は人の遺体を見る事がある。私達が常日頃からそれを目にしないのは、連中が事後処理を担い、赤札が怪異の根源を処理するからだ」
「え、そうなの!? あれってケーサツがどうにかしてるんじゃないの!?」
「我々が担当しているのは、完全な怪異事件だ。警察の出る幕は無い。『供花の館』でもそのまま置いてあっただろうが」
「……あっ!? ちょっと、嫌な事、思い出させないでよ!!」

 供花の館の一室。うずたかく積まれた犠牲者たちの亡骸。何かのゴミのように積まれたそれを思い出して、溜息を吐く。
 話を戻していいかしら、と凛子が訊ねた。

「あ、すいません……。衝撃的な単語過ぎて」
「先々月の十束くんは貴方みたいに心底驚いていたわ。まあ、そっちの彼は……実に冷静なものだったけれど」
「トキは、まあ。心臓に針金生えてるんで」

 変死体だのご遺体だの、どの単語が出て来てもトキが動揺しているところなど想像も出来ない。苛々している表情と、無表情はよく見掛けるが、笑顔と驚き顔はなかなか見られないのだから表情筋が死んでいるとしか思えないだろう。

「それで、その男性の死因が分からないのよ。呪殺かもしれないって、敷嶋さんがそう言うから私達に捜索のお鉢が回ってきたという訳」
「いやあの、どの辺に機関の赤札が必要なんですか? 言っておきますけど、呪殺だと分かっても出所まではハッキリと分からないと思いますよ。私達が相手をしているのは、あくまで人ではなく、人ならざる者ですし」

 そこまで行ってしまえば後は青札の仕事だ。蛍火のような血統書付きならば或いは呪術師の所在まで掴めるのかもしれない。基本知識を積んだだけの赤札如きにはほぼほぼ不可能だが。
 しかし、凛子は静かな顔で首を横に振った。

「いいのよ。要は人がやったのか、怪異がやったのかを判断出来ればいい。そこから犯人を追跡するのが警察の仕事。貴方たちは、謂わば嘘発見器だから。
 それで、今こちらで終わっている事だけれど。郵便物のチェックは終わった。呪具なんかが送りつけられていないか、とかね。結果はシロ、郵便物から霊的な何かを検出する事は出来なかったよ」
「そうか。で、これからどうする。私達はお前の言う通りに動くが、何をしていいのか分からない以上、それ以外は出来ないぞ。やる事を素早く説明しろ」

 すでにかなりの時間が経過しているからか、苛立ったようにトキは脚を組み替えた。凛子が溜息を吐きつつも、これからの予定を話す。この苛々したトキをスルーしてしまうあたり、先月は散々な目に遭ったと見える。

「今から向かうのは老人ホーム。そこに、死亡した男性の母親が入居しているの。まずは彼女の話を聞くわ。先に行っておくけれど、家族構成は母が1人、弟が2人。彼、結婚はしていないようね。母親と住んでいたそうよ、結構前は」

 凛子が立ち上がり、車のキーを手に取る。それは機関の貸し出し用車ではない。

「乗って、私が運転するから」

 普通車にみんなで乗り込む。人の車独特の匂い、というものがあるが、この車は全くの無臭だった。買ったばっかりと言うか、人間性が感じられないというか。
 助手席に乗ったので、後ろ2人――南雲とトキの会話が聞こえてくる。

「トキ先輩は、おばあちゃんとか居るんすか?」
「何だその意図の掴めない質問は。機関に入ってから会っていないな、元気にはしているだろう」
「先輩も人の子なんすね。ちゃんと家族いるじゃん」
「お前は私を何だと思っているんだ……」
「俺、祖父母は他界してるんで羨ましいっす。メッチャおばあちゃんっ子だったんすよね〜。おはぎが美味しかった……気がする」

 ――おばあちゃんか。私はどうだっただろうか。あまり記憶が無いというか、嫁姑問題のせいか、疎遠になってしまったような気がする。
 家族の事など人それぞれだが、意外にもトキは『一般的で理想的』な家族構成だったはずだ。遠い昔、家の話を聞いた時にああなんて普通なんだろうと愕然としたのをよく覚えている。
 家庭環境はそのまま子供の性格に反映される、などとテレビでやっているのを観たがあれは多分間違いだ。そうであれば、トキのような性格の人間が誕生するはずもない。

「ミソギ先輩はどーすか?」
「私? いや、祖父母とはあまり仲が良く無いみたいだね。うちの母親が。あんまり会った事ないわ。やっぱり、お年玉とか弾んでくれるの?」
「へー、やっぱり人それぞれなんすね。お家の事情って」

 しかし、家族問題は根が深いと相場が決まっている。第三者は簡単に口を挟む事も出来ず、当事者は同じ血という切っても切り離せない特性を持っているのだ。