07.センターからの電話
「それにしても、まあまあ上手くやったものだな。正直、途中で他の除霊師達と手を取り合う方向へ変わるものだと思っていたよ」
「いや、あなたが除霊師と仲が悪いだの何だの言ってたんですよ?」
ふん、と三舟は鼻を鳴らした。心底他人を馬鹿にした響きのある挙動だったと言えるだろう。
「私は奴等に情報を与えるつもりなど無かったが、君はそうではない。あっさり事の顛末を説明してしまうのではないかと、そう思っていただけだ」
まさか、と心中で毒突く。
そんな事をすればこちらもトキにボロを出してしまいかねない。今まで折角秘密にしていた自らの過失を、こういう形で口にするのは憚られた。もっとこう、あるはずだ。最善のタイミングとやらが。
それに、先走って三舟という怪しい人物と怪しい契約をしましたなぞ、口が裂けても言えるものか。
「……いやいや、もっと危険な目に遭っていれば、誰かに相談していたかもしれませんよ」
「どうだかな。スマホの電源も落としていたようだし、一人で解決する気だったように思えるが。自身の身の安全が第一である君の何がそうさせたのか、是非とも聞きたいものだ」
ミソギの横を通り過ぎた三舟は完膚無きまでに破壊されている杯を見て頷くと、踵を返した。その背に言葉を投げ掛ける。
「一人で解決した方が、良いじゃないですか。私、それ以外にも既に色々やらかしてるんですよ。実際問題。突かれて痛い所があるのは、あなたも私も同じなんじゃないですか?」
「――そうか。つまり、ある種担がれていたのは私の方だったのかもしれないな。君の言をそのまま受け取るのであればだが」
祠を出て行く三舟の後を追う。公園に長居は無用だ。怪異は消滅しているので、そのぎ公園を捜索している他の同僚達が危険に晒される事は無いはずだ。
ところで、とスマホに視線を落としていた三舟が言葉を溢す。
「雨宮が目覚めたそうだが、行き先はセンターで良いのか?」
「えっ!? もう!? 正直、2、3日はそのままだと思ってました」
「はぁ……」
タイムリーな事に、今度はミソギ自身のスマホにも着信が入る。センターからだ。そういえば、三舟は雨宮の情報をどこから手に入れたのだろうか。センターにも彼に荷担している人物がいるという事なのだろうか、疑問である。
「もっ、もしもし?」
『あ、ミソギちゃん?』
着信の相手はセンターの古株看護師だった。いつも病室に入り浸る自分に声を掛けてくれる優しい中年の女性。雨宮の意識が戻ったら連絡してあげる、という約束は本当だったらしい。
『雨宮さんの意識が戻ったわ。でも、今は仕事中かしらね』
「あっ、いえ、私、今日は体調が悪くて、その、家に。います。えーっと、センターに行ってみますね!」
体調が悪いと言った舌の根も乾かぬうちにセンターへ足を向けると言う。我ながら矛盾した発言だと思ったが、看護師は何とも思わなかったようだ。微笑ましい笑い声を上げている。
待っているわ、という言葉を皮切りに通話を終了した。クツクツ、と前を歩く三舟が底意地の悪い笑い声を漏らしている。何て邪悪な笑い声なのだろうか。
「成る程、そのぎ公園で何度も見掛けられた君は実は体調不良だったと。面白い冗談だな、もっとマシな嘘は吐けなかったのか?」
「一番無難な嘘でしょ、これ!」
「まあいい。この後の辻褄合わせで苦心するのは君だ。私の知った事ではないな」
この後、ひっそりとそのぎ公園の脇に停められていた三舟の車に乗り込み、20分掛けてセンターへと向かった。
「公園の除霊師達だが、君を見つけるまであの場から退く事は無いだろう。今のうちに、事の整合性でも取っておくべきだな」
「嘘に嘘を重ね過ぎていて、私もよく分からなくなっていますけどね」
「君が普段通りの無能っぷりならば、適当にシラを切って知らぬ存ぜぬを貫き通せば、そのまま曖昧に流されそうではあるが」
「十束やトキはともかく、相楽さんはどうでしょうね。私の適当な受け答えで流されてくれるとは思えませんけど」
「もういっそ、公園になぞ行かなかった事にしては?」
――それは無理だろ、普通に! こっちは姿を目撃されてんだよ!! 頼むから真面目に考えろ!
心中では理不尽な怒りが渦巻いていたが、全ては目撃された自分の責任なので言の葉にはならなかった。