05.浅日大先輩の有り難い助言
痛々しくも微妙な、何とも言えない空気が漂う。まるで『中身』の雑魚霊ではなく『ミソギ』が喋っているような、違和感の無い発言。一拍間を置いてそうっとミソギを離そうとした浅日を制止する。
「おい待て離すな! ミソギのフリをしていたらまた取り押さえるのに手間が掛かるだろうが!」
「いや明らかにミソギだろこれ」
「カミツレ!」
呆気に取られた様子だったカミツレが我に返った。そして口早に事の顛末を説明する。
「そ、それはミソギで間違い無いと思うわ。あまりにも間抜けな結末――いえ、必然的な結末に驚いたのだけれど、今ミソギの中にいた彼等が口を開いて恨み言を言った瞬間に、雑魚霊が消し飛んでしまったもの」
「……はあ? ちょっと意味分かんねーな、つまり?」
「ミソギっていう外側から発せられた声で、霊が溶けた」
――再び、満ちる寒々しい空気。
しかし、それを打ち破ったのはミソギを押さえ付けていた手を離し、爆笑する浅日の笑い声だった。抱腹絶倒の見本のように大笑いする彼は何が面白いのか、床をバンバンと叩いてヒィヒィ喘鳴を漏らしている。
自由になったミソギが自身の肩を叩きながらもドン引きしたような目で浅日を見た。
「な、何なの……」
「何なの、じゃねーよ! おまっ、流石! ホント流石だわミソギチャンよぉ! お前、後輩として入って来た時から思ってたけど、そういう所嫌いじゃねぇよ、ホント!!」
「私は浅日くんのそういうところ、あまり好きじゃないけどね……。それより――」
正気に戻ったミソギが睨み付けてくる。心底腹を立てている時の挙動に、トキは溜息を呑み込んだ。最近の彼女は虫の居所が悪い。下手な言動は火に油だ。ここは一応、言い分を聞いてやろうではないか。落ち度は間違い無く取り憑かれた馬鹿にあったとしても。
「な、何だかよく分からないけれど、私だって好きで関節技決められるような事した訳じゃ無いのに!」
「……前の言葉はお前ではなく、中にいた『何か』に言った言葉だ。真に受けなくていい」
「勘違いされるような暴言はあまり吐かない方が良いんじゃない?」
「適当な理由を付けて詰るのは止めろ。そもそも、お前が教室の戸を閉めようとしたから余計な事になったんだろうが」
カミツレが盛大な溜息を吐き、浅日が何事かと首を傾げる。気分は動物園のパンダだ。こっちを見物するな、と言うより早く再びミソギが言葉を放つ。
「ああもう! 何か苛々する! だからトキとは――……いや、何でも無い」
「……? おい、言いたい事があるのならハッキリ言えよ、鬱陶しい」
「何でも無いよ!」
ミソギ、とカミツレが咎めるような声を上げたところで背後から忍び寄って来ていた浅日に声を掛けられた。にやにや、と碌な事を言い出しそうにない笑みを浮かべている。そんな彼の相方、カミツレは困ったような顔でヒソヒソとミソギに何かを言っていた。
「おう、先輩である俺が良い事教えてやんよ」
「誰が先輩だ、誰が」
「俺の方が1年早く入っただろ? 機関に。まあ聞けって。俺があのカミツレと何年組んでると思ってんだよ。このまま険悪なムードになられても困るし、俺が今から伝授する言葉をそのまんま言って来いって」
「はぁ?」
「良いか? 心配した、無事で良かった――的な事を言え。お前が何にも悪い事をしていないのはみんな分かってる。何でか噛み付いて来たミソギが悪い。けどな、女の性格って月に4回も変わるんだぜ? 今日は何か虫の居所が悪かったんだろ。冷静になったらアイツも何であんな事言ったのかって思うはず。今は下手に出とけ」
「…………」
「おう、心配しなくてもアイツの元の性格も傍若無人って訳じゃねぇし、落ち着いたら反省するだろ! そういや、雨宮の件もあったばっかりだしちょっと不安定なのは目を瞑るしかねぇさ」
「チッ……」
――別に遊んでいた訳では無い。
いなくなったので必死に追い掛け取り押さえて、それでどうしようかと悩んでいた矢先に出たことばだった。いや、最近の事だけではない。ここ数週間、同期が霊障で寝たきりになってからずっと、友人の面倒を見ていたはずだった。
それは頼まれた訳でも無く自分の意思でやっていた事――のはずだ。なのに、この頃ふと覚える感情がある。
今まで何とはなしに使っていた言葉が上手く相手に伝わらなくなっており、意思の疎通が困難なのでいい加減面倒臭くなってきている。
自分の態度や接し方、考え方は何一つ変わっていない。けれど、相手の態度が急変してしまったので今まで使っていた言動では伝わらなくなっている。と、それが正しいだろうか。
どうするべきなのか。
また、どうされたかったのか。
チラとミソギを見やる。少し落ち着いたのか、彼女はカミツレと会話していた。
「何か身体が怠い……」
「怠いで済んで良かったわね。最悪、あなた学校から出た瞬間普通の病院に長期入院コースだったわよ」
「ええ? 何ソレこわ」
その輪の中に浅日が加わる。
「まあ、何でも良いけどよ。何か異常があるわけじゃねぇなら、そろそろ紫門さん達と合流しようぜ。俺も一応礼は言っとかねぇと」
「アプリを確認してみるわ。もうちょっと待っていて頂戴。どこにいるのかしら……」