3話 十三階段

05.カミツレの回想


「落ち着いて、カミツレ。浅日がどうしたの? そもそも、何でここに?」

 浅日、というのは赤札の青年だ。確かトキと同じ歳だったはず。カミツレとの同期で、彼女といつも一緒にいるイメージがある。

「え、ええ。そうね、あたし達の状況を説明するべきだったわ」

 情報を整理するように黙り込んだ彼女は、ややあって神妙な顔で口を開いた。

 ***

 時刻は0時過ぎ。日付の変わった時間帯に、カミツレと相棒の浅日は問題の学校に訪れていた。相楽からの連絡でここまで来たが、自分は常に誰かとセットでなければ仕事が出来ないので、2人いる事を前提に話が回ってきたのだろう。

「へぇ、如何にも出そうな校舎じゃねぇか。あっちに見えてんのは、木造校舎か? 噂の温床だな、とっとと建て替えりゃいいのによ」
「仕方ないわよ、学校だからといって潤沢な財産を蓄えている訳ではないわ」
「真面目か」

 早速、木造の校舎を見つけた浅日が口笛を吹く。彼が言う通り、確かに校舎は不気味な静寂を纏っていたが、そんなものはいつもの職場と変わらない『そういった』光景である。
 道路脇に止めた軽自動車から上着を取り出したカミツレはそれを羽織り、息を吐く。最近は夜になると寒くなってきて、長袖1枚では風邪を引いてしまいそうだ。

 偏型白札二種、主に霊感値のみが異様に高く、霊力値は普通の白札にも劣るという数値を持つ人物に当てられる階級だ。勿論、よく視える一般人と変わらないので赤札の同行者が必須となっている。

 赤札ならば誰でも良いのだが、着いてくるのは専ら浅日その人だ。頼みもしないのに着いてくるので、今回も特に来て貰う必要は無かったがやはり勝手に同行してきた。毎回の事であるし、照れくさいから面と向かっては言えないが感謝はしている。

「おう、どうしたよ。ボンヤリして」
「……何でも無いわ。取り敢えず、周辺を探索してみましょうか。まさかこの少人数で学校に突入しろだなんて、相楽さんは言わないわよね」
「どうだかな。ま、ちょっと入って直ぐに出てくればいいんじゃねぇか? 俺は中に興味がある」
「正気? 私の視たてによると、校舎の中には浮遊霊がたくさんいるわよ。ポツポツと、強そうな怪異の気配もある。触らない方が良いと思うけれど」

 そう言いながらも、脳内で相楽の言葉が反響する。外ではなく、中を探索するべきだろうか。段々とそんな気持ちになってきた。
 ――相楽さんにもう一度確認した方が良いかもしれない。
 一拍おいて、当然の事実に行き着いたカミツレはスマートフォンを取り出す。本来、赤札以上の色にしか彼の連絡先は教えられないが、偏型もまた連絡を取る事が許された役職である。

 素早く登録した番号に電話を掛ける。浅日の背を追いながら、スマホを耳に押し当てた。しかし、不自然な間の後に機械音声が残酷な事実を突き付ける。
 ここは圏外だ。
 慌ててスマホの画面を確認すると、電波の代わりに『圏外』という文字が輝いていた。

「そ、そんな馬鹿な。浅日、やっぱり引き返そう!? ここ、どうしてだか圏外――え」

 背後でガラスの扉が閉まる音がした。
 顔を上げてみれば、いつの間にか校舎内の下駄箱に立っている。そんな馬鹿な、電話して気を取られていたとはいえ、校舎にいつの間にか入っている事にすら気付かないだなんて。

 見れば、浅日もまた閉まった扉を見て目を白黒させている。僅かに首を傾げているのを見て、彼もまた知らず知らずのうちに校舎へ踏み込んでいたのだと分かった。

「あ? 何で中に入って来てんだ、俺等」
「それはあたしが聞きたいわよ。とにかく、外に出るわよ。何だか様子がおかしい……あ、え? 扉が開かない……!」
「お前それ、押し戸なんじゃね?」
「開かないわ」
「貸せ」

 浅日が割り込んで来た。扉を押したり引いたりしているが、その扉は全くぴくりとも動かない。鍵を確認したが、特に閉まっている様子では無かった。
 ああクソ、と独りごちた浅日だったが、すぐに意識を切り替える。

「仕方ねぇ、気乗りしないが校舎内を探索するぞ。怪異の原因は外じゃなくて、中にあるって言うだろ」
「そうね……。そうするしかないわね」
「よし、ならまずは一番上まで上がろうぜ。上から見下ろしたら、何か見えるかもしれねぇだろ」
「何その意味不明な理論。まあ、良いわ。任せる」

 階段を探し、廊下へ。
 東側の階段を上る事にした。学校の構造もよく分からないので、或いはもっと近くに階段があったのかもしれないが。

「色々考えてみたのだけれど、あたしに掛かって来た電話は本当に相楽さんだったのかしら」
「あ? 何だよいきなり。お前の登録した番号から掛かって来たんだろ?」
「そうだけれど……。あの人がこんな無謀な仕事をあたしに課すとは思えないわ。組合長そのものが白札だし、うちの組合は比較的、白札に優しいもの」
「組織に迎合するのは止めた方が良いぞ。特にお前、そんな考え方だといつか機関に潰されるぜ」
「あたし達白札ばかりが凄惨な目に遭っているように思われているけれど、本当に凄惨なのは赤札のあなた達よ。まあ、結局の所、除霊師なんて消耗品でしかないけれど」

 相楽への信頼は本物だ。彼は白札を実験的に現場へ送るのを厭う、珍しいタイプの組合を作った。しかしそのしわ寄せは今の所、赤札へと全て向けられている。連日連夜働く浅日しかり、他の赤札然りだ。
 つまりは負担がどこへ向けられるのか。何をどうしようと、人員不足は解消出来ない。何か、代わりのモノを用意する必要があるのだろう。それはきっと、誰もが考えている事だ。

「……?」
「どうした?」
「いえ、何だか……見られていたような気が」

 トイレの隣にある教室。そこから鋭い視線を一瞬だけ感じた。見れば、戸が僅かに開いている。しかし、誤差の範囲内というか勢いよく戸を閉めたら戸が跳ね返って開いたままになっているような、その程度の開きだ。
 触らない方が良い。鋭い霊感がそう囁くのが分かる。
 カミツレは急かすように浅日へ声を掛けた。

「本当に何でも無いの。早く行くわよ、朝帰りなんて冗談じゃないわ」
「おう、ならいいんだけどよ」