2話 勝手に鳴るピアノ

04.アプリの愉快な仲間達


「それにしても、ミソギ先輩マジで便利っすね。それ! 霊符が減らないのは心にゆとりが持てていいっす」

 たまに驚き過ぎて叫ぶのを忘れる彼女だが、それでも空気砲じみた絶叫で怪異を倒せるのであれば、コストが掛からず心にも余裕が持てて良い。何より、除霊師とかいう霊と関わる仕事でビビっていると、民間人に白い目で見られるのだが、彼女の場合は「こういう除霊方法なんです」と、胸を張って言えるのも魅力的だ。

 しかし、当の本人は渋い顔をした。鞄から取り出した飴を口に含んでいる。最初に見た飴とパッケージも全然違う飴だ。
 ジッと見ていたら、飴を欲しがっていると勘違いされたのかミソギに怪訝そうな顔を向けられる。

「え? さっきは要らないって言ってたけど、食べる?」
「あー、俺、薬用のハッカ? みたいな味が苦手なんすよね」
「ああ。甘いやつもあるよ。フルーツ系の」
「へぇ。じゃあ、1つだけ下さい」

 1つだけ、と自分は確かにそう言ったはずだが、まるで飴のつかみ取りのようにミソギは片手一杯に飴を渡して来た。顔が引き攣るのが分かる。

「あの、先輩? そんなにたくさんは要らないんすけど……」
「気にしないで。たくさんあるから」
「え……。はあ、どうも」

 ちら、っと鞄の中身が見えた。
 財布なんかも入っているのだろうが、見えた範囲で入っていたのは大量の飴。ソーダ味だのフルーツだの、完全に薬用ののど飴だの本当にたくさん入っている。1年間は飴を舐めて過ごせそうな数だ。
 そしてそれを見てすぐに察した。恐らく彼女は、飴の処理に困っている。

「先輩、どうしてそんなにたくさん飴を持ってんすか? 流石に買いすぎでしょ」
「これは全部貰った物だよ。捨てるのも勿体ないし、本当、幾らでもあげるから欲しかったら言ってね。いつも持ってるし、食べても食べても減らないどころか、むしろ増えるんだよ」
「貰った?」
「白札の救援に行った時に、差し入れで。何か私、アプリのルームで有名になってるらしい」

 ――そういえば聞いた事がある。アプリはよく見る方だが、赤札の名前が分からない時にその場でのあだ名のような名前が付けられる事があるのだが、よく見掛けるのは「絶叫さん」、「変態野郎」、「怒りっぽい赤札」等々だ。もっといるが、この辺りは比較的よく見掛ける。
 もしかしなくても、ミソギは「絶叫さん」だろう。確かにルーム内でも彼女が救援に来た時にはのど飴を差し入れする、という謎のルールが横行していた。

「ああうん、何か理解したっす。あー、トキさん? アンタも飴の消費、手伝ってやれば?」
「もう二度と、飴は舐めなくて良い」
「あっ……」

 飴消費の被害者が目の前にも。
 そんなトキは片手に例の凶器を持っていた。学校を徘徊する、刀男。怪異というより不審者である。しかも、凶器を持った不審者。

「トキさん、それってホンモノすか?」
「そんな訳あるか。模擬刀だ」
「へ、模擬刀? 厳重に保管してるから、てっきりホンモノかと思ったぜ」
「馬鹿め。模擬刀の類も所持しているだけで警察に声を掛けられるぞ。許可を取って所持してはいるが、職務質問の対象にはなりたくない。厳重な保管は当然だ」
「マジか! 知らなかった」

 言いながら、南雲はスマートフォンを再び取り出す。時間が結構経ったので、自分が立ち上げたルームで何か進展があるかもしれないと考えたのだ。

『赤札:ウィーッス。まだ生きてっけど、そっちはどうなってんの?』
『白札:おう、ビビリ主催おかえり。お前が落ちてる間に、注意事項の記事貼っといたけど、一応確認しとけよ。ルーム主なんだから』
『赤札:注意事項? ちょっと見て来るわ』

 白札の誰かが書いたらしい記事は大まかに2つの事が書かれていた。
 1つ、このルームの救援は不要である事。危険な行き違いが起きており、目下調査中。
 2つ、組合長と連絡が取れる人は、このルームの存在を伝える事。また、相楽さんの指示で学校へ行く場合は中へ入る前にルームへ書き込む事。事故防止の為。

 一応軽く目を通した南雲はルームへと戻り、素早く文字を打ち込んだ。

『赤札:2つ目どーゆー事よ』
『白札:いや、大事になってんのに組合長が出て来ないから。そうだ、お前相楽さんに連絡してみろよ』
『赤札:了解』

 一度アプリを落とし、電話帳を開く――開いたところである事実に気付き、ゾッとして息を呑んだ。

「ここ――圏外じゃね?」
「え? 嘘。圏外だったら、アプリも使えないじゃん。たまたま電波が悪いだけじゃない?」

 直ぐ反応したミソギが恐々とした様子でスマホを確認する。そして小さく悲鳴を上げた。

「え? 私も圏外だし……4時、44分だ。ここに来る前、何時くらいだったっけ?」
「11時半だった。まさかとは思うが、校舎内は異界になっているのか?」
「何でアプリが使えるのかの方が気になるよ。もしかして、他のアプリも使える? 電話は? 相楽さんに一度連絡した方が良いかも」

 呟いたミソギがスマホを操作し、それを耳に当てる。
 そして残念そうに溜息を吐いた。

「駄目だ、圏外だよ。繋がらない――わっ!?」

 トイレの前を通り掛かった瞬間。不意に女の子がすすり泣くような声が聞こえた。案の定、ミソギが叫び声を上げる。途端、鳴き声はピタリと止んだ。
 凄い、とアカリが絶賛する。

「さっきから貴方、凄いね!」

 ――あれ、そういえば、何でこの子は無事なんだろう?
 アカリは何度もミソギの絶叫を聞いているはずだが、微動だにしない。ミソギの意識外にいる怪異は影響を受けないのだろうか。

 そう考えはしたが、ルームで待っている白札に結果を報告すべく、再び画面に視線を落とす。

『赤札:やっべーよ、ここ圏外だわ。繋がらね』
『白札:お前どうやってアプリ使ってんだよ……。ゾッとしたわ』
『白札:明らかに異界です。有り難うございました』

 思った以上に危険な状態なのかもしれない。
 ぐったりと南雲は溜息を吐いた。