1話 アルバイト先の先輩がやたらと前世の話をしてくる

14.ブックくんの苦言


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 21時より少し前に帰宅出来た。本当は寄り道しようかとも思ったのだが、同じ時間に上がった日向と鉢合わせした時の気まずさを思えば、直帰する以外の選択肢など無かったからだ。
 案の定、早い時間に帰ってきた出雲に対し留守番を強いられていたブックくんはからかいの言葉を投げ付けてくる。

「早くね? 学校からも職場からも早く帰って来すぎだろ」
「うるさい。学校はサボりだからともかく、今日は日向さんが早く帰っていいって言ったからこんな時間に帰って来たんだけど」
「なんで?」
「家族で仲良く食事しなさい、だってさ」
「ギャハハハハハ!! じゃあ俺様とご飯食べる??」
「ふうん。じゃあ飲み物とスープ、用意しとくね? お残しは絶対に許さないから」
「冗談だっつの! ページがふやけて破れるだろ、止めろ!」

 家で寛ぐ準備をしていると、台所にメモ用紙が置いてある事に気付いた。小ぶりの鍋と、炊飯器は保温状態になっているのが確認できる。間違いなくこのご飯を作ってくれた七芭からの書き置きだろう。
 メモには「本日の食事は七芭が作りました」、とだけ書かれている。使用人のようで落ち着かないから食事を作るのは止めて欲しいと何度も進呈したのだが、受入れて貰えなかったのは記憶に新しい。

 そんな出雲の様子に気付いたのか、補足するように恐らくは全てを見ていたブックくんが話を割り込んでくる。

「七芭が来てたぜ。飯作って、20時まではお前が帰ってくんのを待ってたが、途中で門限来たのか帰っちまったな」
「養父さんの部下、男性が多いからね。20時以降はいないで欲しいってお願いしたし、そのせいだと思うけど」
「へえ。ま、アイツ等異常な程うちに来るよな」
「見張られてるみたいで、何かちょっと。何を見張ってるのかは知らないけど」
「俺も奴等の事、あんまり信用しない方が良い気がする。善意でこんな事やる連中じゃねぇだろ。アイツ等」

 それに関しては完全に主観の話になるので被害妄想と言えなくもないが、自分の感覚は大事にしたいものだ。まずそもそも、養父は養子に対して過保護な一面は持たない。どころか特に娘だと思っていない節もある。わざわざ外に出て行った養子に使用人など着けるはずもないのだ。

「外で飯食ってくるかと思ってたぜ、お前なら」

 不意に呟いたブックくんの言葉で我に返る。

「なんで」
「バイト始めたんなら、先輩から飯奢って貰ったりしないの?」
「しなくない? 確かに誘われたけど。下心とかあったら後が面倒だし断った。一緒にご飯行ったりするとすぐ調子に乗るんだよね」

 蘇るのは中学時代の苦い思い出だ。クラス会と称してファミレスへクラスメイトと共に食事をしに行った。クラスでの催し物とかで強制参加だったせいか、普段は話し掛けて来ない男子生徒がやたら推してきたので仕方無く参加したのだ。
 翌日から状況が一変した。それまでやや孤立気味だった出雲に対し、名前すら知らない生徒がひっきりなしに話し掛けてくるようになったのだ。
 正直、気味が悪かった。視線の数々は美術館で美術品を見るようなそれ。変わった事と言えばその美術品に手が届く事を知った連中が我が物顔でその品に指紋を付けようとしてくる事だ。
 彼等彼女等が手元に置いておきたかったのは榊原出雲という人間ではなく、美少女人形というただの物なのだと知った。

 昔の苛つく回想を自ら再生していると、何事かを考えていたらしいブックくんが不意に呟いた。

「まあ、分からなくも無いけど。行ってみりゃよかったんじゃね?」
「え?」

 珍しい歯切れの悪い反論に一度耳を疑った。ブックくんは何故か、よく出雲の事を理解しているので毎回こういう話題になった時は良い悪い関係無く「それでいいんじゃね?」という肯定スタイルで返事をしてくれるのだ。
 どこかで記憶違いが無ければ、この手の話題でやった事にかんして咎めるような言葉を受けたのは恐らく初めてだ。
 初めての返事に、何と返答しようか迷っているうちにブックくんは再度同じ言葉を繰り返した。聞いていなかったと思われたのだろう。

「行けばいいじゃねぇか。そいつ、本当にアホな下心があるような人間なのか? 思考停止して、取り敢えず断っておけば正解だと思ってる? だとしたら、かなり失礼だぞお前」
「……うるさいな」

 苛々する。乱暴に食器棚から食器を取り出し、食事の準備に取り掛かった。ともかく、ご飯を食べて寝よう。そうしよう。