08.日記『不幸女』
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2階を探索していたミソギ達は、再び『キョウカさん』とエンカウントしないように極めて慎重に1階へと降りて来ていた。先程から、南雲の悲痛な叫びが聞こえていたがいつもの事なので慌てる者は誰一人いない。
「相楽さん達、どこに行ったかな?」
「館はそう広くない。部屋の一つに籠もっている、という訳では無い限りすぐに見つかるはずだ」
「そうだよね。ミコちゃんとか一緒だったし、心配だなあ」
トキの言葉通り、相楽達はすぐに発見された。部屋の一つで何故かミコだけを伴い、途方に暮れた顔をしている。鵜久森や南雲の姿が見えない。
「相楽さん! 南雲達はどうしたんですか?」
「お、十束……。そこ、床抜けてっから絶対に踏むなよ」
廊下の一角に大きな穴が空いていた。随分深い穴のように見えるが――あ、何だか嫌な予感がする。
それはトキも同じだったのか、いる面々を眺めた上で相楽に尋ねた。
「南雲の馬鹿はどうしました?」
「あー、それなんだがな。南雲は床を踏み抜いて地下に落ちちまったよ。優しい鵜久森が着いてやってるが、俺達もどうにかして地下へ降りる為の方法を探さなきゃなんねえ」
「あの、馬鹿……ッ!!」
ぴきっ、とトキの額に青筋が浮かぶ。かなり身体に悪そうだし、いつか血管がブチギレそうでハラハラする。
ところでよ、と相楽が訊ねた。
「お前等、2階で鍵とか見なかったか? この部屋だけ鍵掛かってんだよな」
「見つけましたよ! あ、あとまだ中身は見ていないですがルーズリーフの切れ端も」
「お、おう。色々見つけてんだな」
十束が嬉々とした表情で紙切れと鍵を相楽に渡した。
「んー、南雲達も心配だが、まずはこの開かない部屋のドアを開けてみっかな。何かあるかもしれねぇし」
「私もそれがいいと思いますっ! どのみち、地下へ行く階段も見つかりませんからねっ!」
ミコの言葉に押される形で相楽が鍵穴に鍵を突っ込む。それは何の抵抗も無しにカチャリと回った。ドアが開く。
まず視界に入ったのは、先程の書斎の比では無い程の資料。本だけではなく、大量のプリントが詰め込まれたファイルやスクラップ帳などもある。床に落ちて開きっぱなしのもの、一応は棚に収まっているものまで様々だ。
「資料室かな。何かゴチャゴチャしてるね」
「はは! 少し俺の部屋とそっくりだな!」
「十束……。部屋、片付けた方が良いよ。何か不衛生だし」
慎重に部屋の中へ足を踏み入れた相楽の後を、ゾロゾロと追う。おい、とトキが不機嫌そうに肩を引いた。
「地下へ行く階段というのはこれだろう」
「収納庫じゃない? でも、まあ、開けてみようか?」
床に開き戸がある。床下収納用の戸かと思ったが、そういえば地下があるのだった。そう思い直し、ミソギは十束か、或いは相楽を捜す。開き戸はかなり重いだろう、自分やミコが手伝ったところで何の足しにもならないのは明白だ。
しかし、狭い資料室。トキの発言により散らばっていたメンバーが集まってきた。十束が意気揚々と戸に手を掛ける。
「開けてみよう! 結構重いな、トキ、反対側を持ってくれ」
「煩い、分かっている」
重々しい、錆びたような音と共に開き戸がゆっくりと開いていく。傍目見ていてもかなり重そうだ。
やがて、完全に開け放たれた開き戸からは下へ行く為の階段が覗いていた。不自然に隠蔽されていた階段に、一抹の不安を覚える。
「よし、よくやったお前等。おっさんの方も新しい切れ端を見つけたぞ。そっちの机の上に放置されてた」
「おじさま、それで何枚になりました?」
「3枚だよ。あと1枚か」
口ぶりからして、切れ端とやらは4枚あるらしい。おい、とトキが口を挟む。
「巫女。その切れ端は地下へ下りる前に目を通すべきではないのか」
「そうですねっ! トキさんの言う通りだと思います」
「あ、これおじさんが読み上げる感じ? はいはい、ちょっと待ってなっと」
1枚目は『豚男』についての『キョウカさん』視点の日記のようなものだった。すでに南雲達がまだいた時に考察済みだったようなので割愛する。
続いて、ミソギ達が2階の書斎で拾った紙切れ。
『あの豚が、良い素材を連れてきた。如何にも薄幸そうな深窓の令嬢のような女性だ。しかし、あの豚は私の事を彼女に何と説明したのか。館をお悩み相談所と勘違いしているようだった。話を仕方なしに聞くと、不幸体質に悩まされているそうだ。婚約者がどうだのと言っていたが、興味が無かったのでまたこの館へ来る事を約束し、適当なアドバイスをした。
追記
彼女はどうやら事故にあったらしい。豚が彼女の遺体を袋に詰めて持って来た。首と胴が千切れてしまったのは残念だったが、これはこれで趣深いかもしれない。血の抜けて青くなった顔が非常に美しいので、このまま使おうと思う』
「『不幸女』だな」
トキが断言する言葉に異論を唱える者はいなかった。あまりにも都合の良い偶然のような気もするが、間違い無くこれは『不幸女』の事であるとそう考えられる。
ミソギはまんじりとその紙切れを凝視した。この『キョウカさん』とやらは何を考えているのだろうか。常人には理解し得ない世界に生きているとしか思えない。『不幸女』に心中で僅かな同情さえしてしまう。
不意に、背筋が冷えた。ゆっくりと背後から冷気が迫って来るような感覚に、思わず硬直する。勇気を振り絞って背後を見るより早く、耳元でどこか聞き覚えのある声がした。
「私の事を、可哀相だと思うのなら……あなたが京香さんの、人形になってよ……。私の……代わりに」
「ひぎゃあああああ!? 誰? 誰イタズラしたのは!!」
絶叫して今度こそ弾かれたように振り返る。しかし、ミソギの後ろには誰も何も立ってなどいなかった。