08.怪異『天国への階段』
5分と少し歩いただろうか。草木に隠れるようにして、ひっそりと鎮座する石段を発見した。長年手入れがされていないのか、かなりボロボロ。所々よく切れそうな雑草が飛び出しており、丈の短い下を穿いていると足を切ってしまいそうだ。
荒廃した場所、人の手が加えられていない場所。そういう場所は――
「何か、不気味だよね」
「分かる! 俺も今そう思ってたとこっす! 先輩イエーイ、以心伝心!」
南雲がハイタッチしてきた。まるで怖がっていなさそうだが、これは彼なりの強がりである。ヤツは本当に怖いと感じた時、いつも以上に饒舌になる。
それとは別に、他の連中は何もコメントしなかったが、かなり不気味な階段だ。急な、そして段差の多い階段。上から垂れてきている手入れのされていない草木のせいで一番上が見えない。
――誰かが勢いよく下って来ても、直前まで気付かないだろう。
その事実に気付いた瞬間、背筋に嫌な汗が伝った。
「あー、急な階段だな。お前等、転ばないように気をつけろよ。手摺りとか錆び付いてるし……」
溜息すら吐いた相楽が、一番に階段を上り始めた。そこに躊躇いは無い。キープアウトのテープを越える。
「さっ、私達も行きましょう!」
「ミコちゃん、ゆっくり上がっていいからね。危ない階段だし」
「はい!」
3人並ぶどころか、2人並ぶだけでも少し窮屈に感じる階段。鵜久森が先に上って行った後に続いたのだが、ミコは隣にぴったりと密着している。持っている供え物の篭も相俟って、酷く歩きづらい。
「ミコちゃん、ちょっと離れ――あれ?」
少しミコから距離を取ろうとしたが、ふと違和感に気付いた。
――人の声が遠い。
慌てて顔を上げる。相楽達は一塊になって、随分と高い所まで上っていた。そんな馬鹿な、いくら何でもそんなに離されるはずがない。
このままでは、何れ見えなくなる。
「ミソギさん、走りましょうっ!」
「う、うん! 走ろうか!」
ミコを前に押しやり、その背を追い掛ける。彼女は小柄なので階段を上る速度も遅かったが、それでも自分と言う程大差があるわけでは無い。
前の一団は最早見えなくなった。自分達が襲いのか、向こうがべらぼうに速いのか。声を掛けても気付いていないのか、振り返る気配は無い。
最終的に置いて行かれたことに対し、ふつふつと珍しくも怒りの感情が沸き上がってくる。相楽は白札だから仕方が無いとして、トキやいつもは鬱陶しい程に絡んで来る南雲まで自分達を置いて行くとはどういう事だ。
段々、急いで階段を駆け上がる気力も無くなってきた。走る速度を徐々に落とし、ゆっくりと階段を上る。
「ミソギさん! もう少し頑張りましょうっ!」
「いやいいよ、追い付かないし……。私達だけでもゆっくり上ろう?」
「そういう訳にはいきませんよ! もう一踏ん張りです、さあっ!」
何故、そんなに急かされなければいけないのか。ミコは数段上から相変わらず自分の事を待っている。
しかし、彼女が自分を急かす理由は存外直ぐに判明した。
「ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ――」
金切り声にも似た、女の声が階段の下の方から迫ってくる。それが人の声であると知覚した瞬間、ミコが早口に言った。
「叫んでいる暇はありませんっ! 体力を失ってしまいます! 足を、動かしましょう!」
「わ、分かった……」
「彼女に私の姿は、恐らく見えていませんっ! 走って!」
その一言で思い至る。
そうか、彼女はわざわざ自分の為に一緒に残ってくれたのだと。相楽率いる足の速い組は、ミソギを置いて行った訳では無い。今頃、自分やミコがいないと大騒ぎしている可能性もあり得る。
少しだけ疲れていた身体に鞭打ち、ミソギは立ち上がった。ミコに追い付くべく、駆け出す。しかし、一体ゴールはどこなのだろうか。
走る、走る、走る――
しかし、一行に頂上に辿り着かない。どころか、あまり速く走っているようには見えないミコにすら追い付けない。彼女は時折立ち止まって、ミソギが来るのを待っているが、疲れているようには見えなかった。
――後ろは、どうなっているんだろう。
相変わらず女の声は響き続けている。先程、トキと南雲が異界云々の話をしていたが、きっとここはすでにそれだ。女の声は空間から響いているようにも感じられる。
「ミソギさんっ! 振り返っちゃダメですっ!」
そんなミコの忠告は一瞬だけ遅かった。
ミソギは背後を見、そしてお約束通り絶叫した。
「イヤアアアアァァア!? ちっか! 近い近い、パーソナルスペースぅ!!」
背中にべったりとくっついていると見紛う程の近くに彼女はいた。艶やかな長髪が顔を隠しており、どんな女なのかを見る事は叶わなかったが、酷く強烈な花の臭いだけは脳裏にこびり付いている。
しかし、絶叫した事により女が少しだけ減速した。背中をぴったりとマークしていた女が少しだけ離れる。
「ミソギさん! 多分、もう少しですよ、頑張って!!」
「きっつい……」
しかし、後ろから恐ろしい怪異が追って来ていると思えば、キツイ身体は勝手に動く。今まで培われてきた逃走の感覚が勝手に身体を動かすのだ。