4話 天国への階段

03.情報収集開始


 ***

 若い連中が慌ただしく出て行くのを尻目に、相楽は部屋に残ったミコに視線を移した。彼女には丁度聞きたい事があったので残って貰って助かりはするのだが、心中を見透かされたようでどうにも落ち着かない。
 目が合った小さな組合のエースは首を傾げている。何ですか、ではなく、訊きたい事があったんじゃないですか、というニュアンスだ。

「ミコちゃんは一緒に行かなくて良かったのかい」
「はい! 皆さん、とっても優秀ですから! 私があの輪に加わったところで、プラスにもマイナスにもなりませんよっ!」
「おっさんの為に残ってくれたと思ったいいのかなあ?」
「そうですよっ!」

 頭を掻きながら、今までの情報を整理する。一番のネックは『天国への階段』だろう。ここを越えない限り『供花の館』へは行けない。落とし物を残している怪異達も復活する恐れがある為、時間にも限りがある。

「あー、何か階段に対する有効手段は無いもんかねぇ」
「それなんですがっ! 私も皆さんとご一緒しますね!」
「は? いやいや、止めときな。今回の面子は若い奴らばっかりだし、ミコちゃんの面倒を見れる程心にゆとりのある奴はいないぜ」
「ご心配には及びませんよっ! それに、階段の対策を私が占った以上、私が行かないのは筋違いってものです!」

 さらっと流したが、そういえばミコは階段の対策として「お供え物が必要かもしれない」、などと宣っていた。トキにも噛み付かれていたが、恐らく彼女自身の中でも確定事項ではないのだろう。それを気にしているのかもしれない。

「青札は貴重だからな……。今回みたいな怪異の相手に、あんまり連れて行きたくねぇんだが」
「きっと私の力が必要になりますよっ!」
「最近の若者って自分を売り込むのが得意だよな。うーん、そもそも、何で供え物が必要だと思ったんだ? 間違いがあっちゃいけねぇし、俺達でそこを考えてみよう」

 手を組み、ゆっくりと目を閉じたミコはそれまでの快活さが嘘のように、厳かに『予知』とやらの結果を告げた。その姿は神職者そのものである。

「私が視たものは……古い墓石。何年も、誰もお参りに来ていないのかもしれませんね。彼女はそれを嘆き悲しんでいるのだと思います。悲しくて悲しくて。あとは、そう、理不尽に対する怒り……憎しみ、恨み。それを上回る寂しさ、混沌としていて、酷く不安定な感情の渦――うーん、これ以上はちょっと分かりません」
「ちょっと待て、彼女って『キョウカさん』か?」
「いえ、違うと思います。階段の彼女から、邪悪さは感じませんからね」
「そうか……」

 色々と考えるべき事がある。そんな中で、腑に落ちない事。

「――今回の怪異事件、裏で誰かがシナリオでも書いてんじゃねぇのかってくらいには出来過ぎてるんだよなあ。実際の事件を、リメイクしてドラマ化したみたいによぉ」

 ***

 可愛らしい白の車。ミラーには消臭用の飾りがぶら下がっている。酷く清潔感があるその車は、如何にも身内以外の人間の車、といった落ち着けない空気が滲み出ている。
 流れるように移り変わる、車外風景を見つめる南雲の耳に、前の席の陽気な会話が届く。

「鵜久森さんは、昼を食べるのならどこがいい?」
「ランチか? パスタか、うどんがいい」
「見事に麺類ばかりだな!」
「しかし、車を入れやすい所の方が助かりはする。ちなみに、私は丼が嫌いなんだ」
「ええ? 美味しいじゃないか! だが、女性は気持ち丼を苦手とする人が多い気もするな」
「炭水化物ばかり摂りたくは無いし、肉は肉。飯は飯で食べたいじゃないか」
「そうか……そうだ、南雲は何が食べたい?」

「何が食べたい? じゃねー!! 何で俺差し置いて昼飯の話してんだよッ!!」

 南雲は両手で自身の両膝を叩いた。盛大に乾いた音が響き、少し驚いた様子の十束がこちらを振り返る。鵜久森とはミラー越しに目が合った。

「チクショー! 俺、何でこの面子に混ざってんだよ! ほぼほぼ知らねぇ人じゃん! 昼飯なんて喉を通らねぇよ、この状況で! 実は人見知りなんだぞオラァ!」
「ハァ? お前、その見た目で顔見知りとか正気か? 見ず知らずの人間をカツアゲしてそうなのに?」
「そういうさぁ、スッゲェ偏見、止めてもらっていいすか!? 鵜久森姐さんの方が、裏で闇金取引とかしてそうじゃないっすか!」
「車から降ろされたいのか、お前」

 落ち着け、と騒ぎの元凶である十束が車内に平穏を取り戻そうと空気を取り持つ。当然逆効果なので、そんな彼に対して南雲は噛み付いた。

「だいたい! 何で俺の事、拉致ったんだよ! アンタがあそこで声掛けなきゃ今頃、先輩達と一緒に図書館巡りなり何なりしてたってのに!!」
「南雲、お前は本当にトキ達の事が大好きだな……。俺が言うのもあれだが、今日は着いて行かなくて正解だぞ。霊障センターに行くと言っていただろう。雨宮に会いに行ったのだろうから、水を差さない方が良い」
「雨宮……?」

 実名ではなく、明らかに機関特有のハンドルネーム。同僚なのだろうかと首を傾げていると、険しい顔をした鵜久森が訊ねた。

「その名前、頻繁に聞くな。結局、雨宮って誰なんだ?」
「うーん、すまんが、俺もちょっと答えたくない。日常に余裕がある時にしか思い出したくないからなあ……」

 けっ、とやさぐれた南雲は靴を脱ぎ、後部座席で三角座りする。

「俺なんてどーせ邪魔って言いたいんだろ。いいもん、一生粘着してやる……」
「いや、ミソギは南雲に声を掛けようとしていたし、邪魔だとは思っていないと思うぞ? ただ、俺としてはあの場にお前が混ざると嫌な疎外感を覚える事になるだろうなと思って……」

 ――それってつまりやっぱり俺は邪魔って事なんじゃ……。
 思いはしたが、それを口にして十束に慰められるという構図もどことなく虚しいので、思うだけに留めた。