3話 質問おばさん

10.知り合い以上友達未満について


「何か、『質問おばさん』弱くなかった?」

 討伐が終わった事をアプリに流すべく、スマートフォンを取り出していたミソギは不意にそんな言葉を漏らした。
 そうだなあ、と床に転がって完全に力尽きていた十束が応じる。

「ルール系の怪異は、それを破られてしまえばその辺の浮遊霊と同じくらいの胆力しか無いからなあ。まさか本当にドアを自分から開けただけで弱体化するとは思わなかったが」
「いや、案外あのドアを自分から開けるのは難しい条件だったんじゃないか? 普通は外に怪異がいると分かっていて、あのドアを質問に答えた上で開けようとは思わない」
「それを試す事が出来たのはお前達のおかげだ。俺1人なら、そこまでする度胸は無かったよ」

 ――ドアを開けたの、私!
 思い返してみれば、ドアを開けた時点でかなり弱っていた怪異の相手をした方が怖くなかったような気もする。
 それにしても、とだらしなく床に転がった十束がくつくつと笑う。

「ドアを開けた時の挙動、トキとそっくりだったぞ、ミソギ! お前達、まるで兄妹みたいだなあ!」
「え、兄妹はちょっと。あんな凶悪顔なお兄ちゃんは要らないわ……。しかも私、自分の意思でドアを開けた訳じゃ無いし」

 溜息を吐きながら、『質問おばさん』のルームに討伐した旨を伝え、続いて『三怪異』のルームを開く。入手した物の情報を共有しなければならないからだ。

『赤札:討伐完了しました。怪異がガラスの目玉? を落としたのですが……』
『白札:おつかれ。ガラスの目玉って、それはガラス玉が目玉に見えるとかじゃなくて、人間の目玉みたいだったって事?』
『白札:誰かが予想してた、葬式の花説消えたな』
『白札:落とし物意味不明過ぎワロタ』

 一頻り情報が流れた後、考察の吹き出しが流れ始める。

『白札:人形にはめ込む目玉ってガラス製だな。それで間違い無いだろ。上の赤札は多分、知らないと思うけど、『供花の館』について情報追加な』
『白札:『供花の館』はすでに取り壊されている。今の所、前に上がった『天国への階段』から異界に入り込んで乗り込むしかないのでは、という考察』

 ――情報量増えたなあ……。
 当然のように分からない話が横行しており、首を傾げざるを得ない。

「ミソギ、難しい顔をしているけれど、何か分かったのか?」
「はい。えっと、何か『供花の館』が取り壊されてるって事と、『天国への階段』? が、供花の館へ行くのに必要かもしれないって話が、流れてますね……」
「……それだけ聞いても意味が分からないな。まあ、相楽さんは今回も待機組だったし、明日には情報をまとめていてくれる――はずだ、多分」

 不意にスマホがメールを受信した。差出人は大変珍しい事にトキである。慌ててメールを開く。

『おい、どうなった?』

 簡潔且つ味気ない文。それが非常に彼らしくて思わず笑ってしまった。無事であるという旨の文を返信する。

『無事終了しました! 十束は眠いって言って床に転がってるよ。鵜久森さんが車を出してくれるのなら、家まで帰るかも』
『南雲が、お前が心配だなどと宣って家に居座っている。帰りの車が捕まらないのなら、迎えに行くぞ。この駄犬をどうにかしてくれ』

 ――返事がきた!?
 メールが続いているのは珍し過ぎて、文字を打つ手が震える。というか、南雲、上手い事お泊まりに持ち込んだのか。トキ相手にここまで無理難題を押し通す度胸、彼こそ本物の英雄かもしれない。

「う、うぐ姐さんはこれからどうします?」
「私? そうだな、もう日が昇ってから帰るとしようかな。少し寝てから帰るよ。泊まるぞ、十束」
「んー……。ああ」

 半分眠ったような声。大分疲れているようだが、だからと言って床に転がって寝れば明日は節々が痛くなるに違い無い。

「だそうだ。明日以降なら車で家まで送ってやる」
「あ、そうですか。じゃあ私、トキに迎えに来て貰います」
「えっ」
「え?」

 待て待て、とナチュラルに床に座らせられた。鵜久森は酷く困惑したような表情をしている。

「私を一人でここに置いて、お前帰るつもりなのか!?」
「いや、トキが迎えに来てくれるって言うので」
「いやいやいや! 私と奴を2人きりで残されても、その、気まずいじゃないか!」
「仲良くお話してましたよね?」
「お前という仲介が居ただろ! 私とお前は駅前のスイーツ店巡りするような仲だけど、十束はほら、違うじゃん! 仲良いけど、家に呼び合う仲ではないじゃん!」

 本人が聞いたらショックを受けるような発言の数々だったが、幸いにも十束は小さな寝息すら立てている。
 ――ぐぬぬぬ……。南雲に便乗してお泊まりしてやろうと思ったのに……!
 しかし、冷静に考えてみれば鵜久森の言は正しい。自分だって知り合い以上友達未満の人間の家に一人で放置されたら泣きたくなる。

「分かりました。女の友情に準じます……!」
「随分悩んでたな……」

 スマホを操作して、トキにお断りのメールを送った。

『鵜久森姐さんと、十束の家に泊まって帰ります』
『は?』

 何が言いたいのかよく分からないメールが届いた。途中送信だろうか。鵜久森に推理して貰おうと思ったが、彼女は先程の言葉が嘘だったかのように十束の押し入れを物色し、勝手に掛け布団を取り出していた。かなり大胆な行動である。