3話 質問おばさん

01.同期の十束


 鵜久森が運転する車で再び戻って来た支部にて、待ち構えていたのは大方の予想通り、『質問おばさん』の件を洗っていた十束その人だった。わざわざロビーで待っていたあたり、一人ではどうにもならなかったらしい。

 スポーツマンじみた爽やかさのある体格の良い青年。やはり爽やかな笑みを浮かべているものの、両目の下にはくっきりと隈が浮いているのが見て取れる。
 そんな十束はやあ、と片手を挙げた。その視線はミソギと、そしてトキに向けられているのだが、当のトキは心底嫌そうに眉根を寄せるのみだ。

「待ってたぞ! 一仕事終えた後らしいが、次は俺の持ち場に付き合ってくれないか?」
「断るッ! 貴様、今帰って来たのが見て分からないのか!? 仕事なら仕方が無いが、明日以降にしろッ!!」
「いや、こっちも時間が押しているんだ。とにかく話を聞いてくれないか?」
「知らん。そちらの仕事を私達に丸投げするなッ!」

 ガルルル、と猛犬のように呻るトキ。鵜久森が心底面倒臭そうな溜息を吐き出した。
 尤もらしく嫌がる理由を述べているトキだが、十束にはとにかく当たりが強い。このままでは話も進まない。

 このままこっそり帰ってしまいたい気持ちを封印し、ミソギは苦い顔で両者に声を掛けた。鵜久森から催促の視線も感じる事だし。

「まあまあ、トキ、落ち着いて。急ぎの用事みたいだし、話だけ聞いて実際に動くのは明日からでいいじゃん」
「ふん、止めておけ。コイツと組めばただでは済まないぞ、あの時みたいにな!」
「……いや、あれは事故……」

 デリケートな問題をさらりと口にしたトキに触発され、十束が弁解の言葉を吐き出すが、最後まで言葉にはならなかった。他でもないトキその人が12人くらい殺していそうな凶悪な顔で十束を睨み付けたからだ。
 気まずい沈黙が周囲を支配する。それに気付かないふりをして、ミソギは再び口を開いた。

「仕事は仕事だよ。みんなで協力しなきゃ。それにまあ、その件については……今は関係無いからね。どこか適当に空いてる場所に座ろう」
「チッ、十束。貴様ミソギに感謝しろよ、二度は無い」

 怒り心頭といった形相で舌打ちまでしたトキが、手近にあったソファにその身を沈める。相変わらず苦笑している十束だったが、彼はその正面に腰掛けた。

「悪いな、ミソギ。ところでルームに書き込みしたんだが、俺だと気付いたか?」
「気付いたよ……。相楽さんが、十束と『質問おばさん』について相談するって言ってたし」
「そうか! 気付いていたのならそう言ってくれれば――」
「いい加減話を始めよう。同期同士、積もる話はあるのかもしれないけれど」

 スパッと斬り込むように鵜久森が口を挟んだ。
 ああそうだな、と十束が人の良い笑みを浮かべる。

「まずは相楽さんからの伝言を。『供花の館』と『キョウカさん』についてだ」
「出典すら不明なキョウカさんについて、調べが付いたのか? 私は正直、そちらの解読の方に時間が掛かると思っていたよ」
「や、それが、30年前に大ニュースになった事件なんだ。結構、年配の白札からのリークらしいんだがな。はは、俺達はまだ生まれてすらいない頃だ!」

 ――事件? 人間同士が起こす事件ならば、機関の仕事範囲外になってしまう。それはお巡りさんの管轄だ。住み分けはきちんとしなければ、揉め事の元である。
 それは伝言を受け取った十束も同じ考えだったのか、僅かに眉根を寄せて困った顔をしたまま話を続けた。

「まだ全てに調べが付いた訳じゃ無いんだ。ただ、分かっている事は2つ。1つは、『八代京香』という女性がおよそ30年前に『供花の館』と呼ばれている館で事件を起こした事。もう1つは、その事件が猟奇的殺人事件だった事」
「如何にもって感じだよね。噂好きならここから怪談に発展させちゃいそう。しかも、リアルっていう箔も付いてる事だし――けど、30年も経ってたら時効だよね」
「ああ、その辺りの辻褄が合わないと相楽さんも言っていたぞ。何せ、供花の館と三怪異の関連性は全く無いからな!」

 それで、とうんざりした調子で考察を遮ったトキが足を組み替えながら、苛々と訊ねる。

「供花の館とやらに乗り込むのが仕事か?」
「いいや、それは後回しだ! 何せ、館の場所がまだ特定出来ていないからな! あと、俺が受け持っていた『質問おばさん』も解決していない!」
「なら、私達の仕事は『質問おばさん』の討伐か?」
「まあ、そうなるな。相楽さんが怪異の落とし物をちゃんと拾って帰って来いと口を酸っぱくして言っていたぞ!」

 それはそれとして、と十束が『落とし物の話』を脇に置くような動作を取る。
 そうして、輝かんばかりの笑顔で宣った。

「実は、今その『質問おばさん』に取り憑かれていてな! もう3日になるが、解決法を一人で試せない。誰か2人くらい俺に付き合ってくれないか! 算段は立ててあるんだが、残念な事に俺の腕は2本しか無い。協力者が必要なんだ!」
「隈酷いな、って思ってたらそんな面倒臭い事になってたの?」
「おう! なかなかに厳しい発言だが、言い返せない。確かにそうだな!」

 十束――仲間思いで常識的、ツバキ組でも人が良い事で知られる赤札だ。
 しかし、彼は溜め込み体質である。溜め込んで溜め込んで、自分ではどうにも出来ないと十二分に察してからでなければ救援ルームを作らない。

 小さく溜息を吐く。彼に噛み付くトキの気持ちは分かる、十分過ぎる程に。

 十束のこの態度。一見人が良いように見せ掛けて、その実は他人を全く信頼していない事を如実に物語っているとしか思えない。他人の機微には疎いが、獣のように勘が鋭いトキと直感的に相容れないのは、最早必然だ。