02.そろそろ上司の胃に穴が空く
***
「――これが昨日起きた事件だ」
目の前にいる上司、ツバキ組の総まとめ役である組合長・相楽はそう言って腕を組んだ。着流しの袖が少しばかり翻った。どことなく大物感の漂うような、しかしやっぱりどこにでもいる中年男性のような。相楽とはそんな人物である。
――機関支部、4階の客室にて。
ミソギ、相楽、そして鵜久森の3名は顔を付き合わせて神妙そうな空気を漂わせていた。ちなみに、ミソギは相楽と鵜久森の両名に呼び出され、今に至る。
今の話に出て来た女性――鵜久森はその整った顔立ちを歪めている。助けに行った白札を、みすみす怪異に取り殺されてしまった事を悔やんでいるのだろう。そんな彼女は白い額に大きな絆創膏を貼っていた。
それはどうしたんですか、そう訊くより先に相楽が再び口を開く。
「ちーっとマズイ事になってる。今週に入って、死亡怪異案件が3つも上がってんだよな、すでに。まあ、ミコちゃんに今週はヤバイって釘刺された時から嫌な予感はしてたけど。お陰様で現地ではまるで役に立たないおじさんもなあ、出張る事になっちゃってまあ。世の中ってままならないもんだよな、本当」
苦笑する相楽。彼は組合長であるにも関わらず白札だ。しかし、除霊師歴12年というベテランである。そんな彼が『マズイ事になってる』と言うくらいだ。自分が想像している以上に事態は悪い方へ転がっているのかもしれない。
「それは良いんですけど」
「いや良く無いよ!? 無力なオッサンの事蔑ろにするの止めて!」
「相楽さんはまだピンピンしてるじゃないですか。そうじゃなくて、鵜久森姐さんのケガはどうしたのか気になってるんですけど。痛そうですよね、それ」
途端、鵜久森は渋い顔をした。恥ずかしそうにそっぽを向きながらも、問いに答える。
「ブリキのジョウロが落ちてきたんだ! それだけじゃない、この間は何故か前の車が故障で急停止して玉突き事故を起こすところだったし、とにかく運が悪い。今日の占いも2位で悪く無いはずだったのに……」
「今日は1位じゃなかったんですね」
「間が悪い事に、どの雑誌もニュースでも、私の星座は2位以下だった……。これも全て、不幸女のせいだ!」
――赤札、鵜久森。彼女の特定条件は「何でも良いから占いで1位になる事」である。何でそんな馬鹿な条件になったのかは分からない。しかも、判定もかなり適当。彼女は毎日テレビのニュースで占いを見、自分の星座や血液型が1位でなければ雑誌を購入して占いのページだけを読み、とにかく『占い1位』を常に探している状態だ。
まさに自分が1位の占いだけを信じる。占いとは何なのか、そんな哲学に目覚めかねない特定条件だ。
「えーっと、相楽さん。まずはどうしてこの面子に私をブッ込んだのか説明してもらっても?」
地団駄を踏む勢いの鵜久森を横目に、上司にそう尋ねる。それなんだがな、と相楽は頭を抱えた。
「お前等、『豚男』を討伐しただろ? どこかで聞いたかもしれんが、『豚男』『不幸女』『質問おばさん』の怪異はどこかに関係性があると思うんだよ。だから優先的に声を掛けた」
「ああ、同じくらいの時期に打ち上がったってアプリの白札が言ってましたね」
「そうだよ。いや見事に3つ同時に打ち上がったんだよなあ……。関係無い方が可能性低いだろ、こんなん」
「私、3年除霊師やってますけど、3つ一緒にってかなりレアじゃないですか?」
予想よりも大きな案件になっている。それは相楽の疲れ切った顔を見れば明白だった。
「取り敢えず、『不幸女』の怪談について説明するな。鵜久森は知ってるだろうが、確認の為だと思って聞いててくれ」
「了解しました」
鵜久森が頷いたのを見て、それまで表情豊かだった相楽はその表情を消した。今から真剣な話をするぞ、という前振りだ。ミソギもまた、息を呑んで姿勢を正す。
「怪異『不幸女』ってのは端的に言えば、想像を絶する不幸と不運に見舞われた女の霊、っていう怪異だ。不幸女は生前、婚約者には浮気をされた挙げ句捨てられ、家を飛び出した際交通事故に遭ってる。運転手は飲酒してて正常じゃ無かったからか、車に轢かれた状態で20メートルも引き摺られたらしい。その後、建物に突っ込んだ車はボンネットが潰れて停まったが、そこは不幸女だな。止まったところで上から窓枠が降って来て首と胴体が泣き別れした」
「あれ、その話……」
「ああ、鵜久森が助けに行った白札のシズネ。あいつとほとんど同じ目に遭ってるって事だ。で、話を続ける。怪異としての『不幸女』は取り憑いた相手を同じ方法で取り殺すのが怪異としての存在意義なんだろうな。すでに犠牲者が2人、一般人も入れると7人になってる。早急に手を打たないとマズイ。何がマズイって、人死にが出る怪異はマジでマズイ」
――という事は、このまま放って置けば鵜久森さんも……。
ちら、と彼女の様子を伺う。怯えた様子は無く、毅然とした態度だ。少々怪我や疲れは見えるものの、怪異そのものに対して恐怖を覚えている訳では無さそうである。