1話 豚男

07.怪異『豚男』


 すでに『豚男』について恐怖という感情を覚え始めているミソギだったが、トキは全くそういった感情を抱いていないようだった。

「それで、他のパターンは?」
「え?」
「だから、怪談には尾びれ背びれが付くだろう。ならば、別のパターンがあるはずだ。それは?」
「知らないっす! 俺、あの時焦ってて!」
「情報はそのまま力になる。お前、それではいつか死ぬぞ」
「うーす……」

 南雲とトキのやり取りを尻目に、アプリを開く。ルーム検索欄に『豚男』と打ち込んだ。ルームが3つ程出て来たが、『情報交換部屋』にアクセス。これが立ち上がっているという事は、他の誰も『豚男』を解決していないという事である。

 ――が、この部屋に入って絶句した。
 赤札の誰も入っていないせいか、論争状態。一応、行方不明リストはすでに作成されているようだったので覗いてみた。
 赤札の女性が1人行方不明、白札が3人。いずれも行方不明。
 赤札の女性が誰なのかは特定出来ないが、遭遇した除霊師達が的確に処理されているあたり、『豚男』は相当力を付けていると見て良いだろう。

 あまり、論争状態になっているルームに書込はしたくないが、背に腹は代えられない。痛くなる胃を押さえつつ、吹き出しを割り込ませた。

『赤札:解決に行きます。怪談パターンのまとめを挙げて下さい』

「今さあ、ルームに要求上げたから、それ見てから考えよう」
「さっすがミソギ先輩! 手が早い!」
「誰でも出来るんだよなあ……。でも、南雲が相談して来たのは良かったかもね。赤札、女の人が1人行方不明だって」

 アプリに視線を落とすと、すぐに自分が流した吹き出しが画面の上方へと流れていってしまった。犠牲者が出ている大捕物だからか、アクティブに会話が成されているのが伺える。

『白札:あ? 昨日の煩い赤札の奴じゃなくね?』
『白札:お前生きてんの? おーい、何とか言えって。俺、お前等が心配で徹夜したんだぞ』

 昨日の煩い赤札――南雲の事だろうか。個人情報を保護する観点で、ハンドルネームを変えずに会話する者がほとんどなので何とも言えない。

「南雲、昨日アプリ使った? 情報ルームで」
「あー、そういや使ったっす! 山背さんを捜してる時にはすっかり忘れて、報告怠ってたんすけどね……」
「それ忘れるとみんな迷惑するし、心配する人は心配するから生存報告くらいはした方が良いよ。本当」

 言いながら、再びアプリを操作する。

『赤札:その赤札と合流しました。一緒に逃げていた白札は死亡が確認されています』
『白札:あー、そっか。まあ、全滅しなかっただけマシか……。昨日のうるさかった赤札、何の情報も持ってないのに突っ込んで行って心配してたんだよ。無事で良かったって伝えててくれ』
『白札:まとめ、つっても何かあったっけ? 遭遇者結構いたよな』

 取り留めのない会話が流れて行く。不意にトキが口を開いた。

「怪談について考えてみたが、山背というのはどんなヤツだった?」
「どんなヤツ? そっすね、俺以上にビビリだったっす! ああでも、俺はグロい系は平気だからなあ。ユーレイだったらチビってたかも!」
「そうじゃない、容姿の話だ」
「顔? 顔は……俺みたいにヤンチャしてそうなヤツでしたよ。盗んだバイクで走り出す系?」
「そうか。では、『綺麗な顔』ではなかったという事だな?」
「綺麗系じゃないっすね。チャラ男って感じ。でも綺麗系なんて人それぞれじゃないすか? トキ先輩だってどっちかって言うと綺麗系だし。見方で変わると思うんすよ」
「そういう話をしている訳では無い。1つしかパターンを聞いていないから何とも言えないが、恐らくその『豚男』は動物的な外見の話では無く、悪意的な意味で『豚男』と呼ばれている。つまり、豚の頭という比喩表現に気を取られやすいが、ようは醜い男が整った顔の人間を喰らう事で、美しくなれると考えて人を襲っている訳だ」

 カニバリズム。それは何も、飢えを凌ぐという目的だけで行われる訳では無い。妊娠の出来ない女性が、多産の女性の子宮を食らう事で妊娠出来るようになる。頭の良い人間の脳味噌を食べると同じ知識を手に入れる事が出来る――カニバリズムには様々な迷信と、逸話があるのだ。

 トキが何事か閃いた丁度そのタイミングで、まとめ用の吹き出しが上がって来た。スマートフォンに目を落とす。

『白札:ざっとまとめました。不備があったら付け加えよろしく。
【豚男との遭遇証言】
・豚男に出会うとずっと追われ続ける事になる。
・ただし例外があって、追われなかったという証言もある。

【弱点? と思われるもの】
・大勢の人の目:誰であれ、人が多い所では見掛けるだけで襲って来ない。ただし、これは恐らく除霊師がたくさん群れている場所では適応されないと考えられる。霊力値の関係。
・チャラい男とケバイ女:いくつかの怪談に記述あり。これもまた、そのままの意味ではないようなので、下記にて説明。チャラチャラというか、賑やかな人種を苦手としている。何パターンかあった怪談の中で、この2種類の人間を憎んでいる、恨んでいる、嫌っているという言い伝えが目立った為。

【豚男の正体】
 恐らくは醜い太った男性がモデルになっている。これらは推察でしかないが、チャラい男・ケバイ女とは『社交的な人』を示している。また、『豚男』とは動物的に豚みたいな男という意味ではなく、「豚のように醜い男」という事ではないだろうか。つまり、自分とは違って社交的な人間を妬んでおり、更には集団から弾かれた「豚のような男の怪異」であると思われる。

【カニバリズム】
 上記を踏まえた上で、豚男は自身が見れる人間になれるように、綺麗な男を食らっていると考えられる。カニバリズムの原理は適当に調べたら出て来るので、ここには掲載しない。

 以上、今分かっているのはこんな感じです』
『赤札:情報提供ありがとうございます。他2人とも話し合ってみます』

 送られて来たまとめはあまりにも長すぎて読み上げる気にならなかった。仕方ないのでトキと南雲にも見えるよう、スマホを机の上に置く。
 無言で上から下まで読んだ2人の反応は正反対だった。トキは納得したように深く頷いたが、南雲は首を大きく傾げている。

「えー、全然意味分かんないっす。三行で俺に分かるように説明してくださいよ!」
「ブヒブヒ、オラ豚男! 太ってるせいか何なのか、周りのチャラチャラした奴等に苛められてるんだ! よーし、チャラい男もケバイ女もオラを苛めたヤツは皆殺しにしちゃうゾ! ついでに顔の綺麗な男を食べたら、美容にも良いかもしれないブヒ!」
「凄い! よく分かるけど、ミソギ先輩はこの仕事が終わったら長期休暇とか取った方が良いっすよ! あれだもん、病んでるもん、心とか!」