1話 豚男

03.怪異対策機関の赤札


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 22XX年。とあるカルト教団により、怪異が世界的に存在する事が常識として広がってしまった。人々は噂に噂を上塗りし、次から次に新生代怪異を生み出してしまう。放置していれば無限に増え続ける怪異を狩る為、政府は怪異対策機関をつくり、多額の褒賞金と高給を掲げて霊感のある人間を集め始めた。

 しかし、除霊師を生業としているプロならばまだしも、集めた人材はほぼほぼ烏合の衆。霊が見える、触れられるくらいのもので使い物になるには教育実習を施さなければならなかった。
1年のカリキュラムを終え、いざ怪異狩りに送り出しても安心は出来ない。怪異は人間が生み出した想像と妄想の産物。謂わば個ではなく団の力。一人二人の除霊師では返り討ち、酷い時には死亡者が出る始末だ。

 劣悪な環境の中、除霊師達は自らが生き残る為に徒党を組む道を進み始める。
 組合を作り、その中で除霊師同士、助け合うようになったのだ。また、除霊師達の中にも目まぐるしい変化があった。一部の除霊師達の中に「特定化で霊力を底上げする者達」がいたのだ。この特定指定除霊師、通称赤札を中心に除霊師達は生き残り、円満退職を求めて足掻き続ける。

「――って事にはなってるけど、実際私達、働き過ぎじゃない?」

 ハカタというハンドルネームの同業者を救出した帰り道、自動車の後部座席に座るミソギはそう独りごちた。その手には先程貰ったのど飴の袋が収まっている。誰が言い出したのか、自分が救援に駆け付けた時はのど飴を差し入れする、というルールになっているようだ。
 しかし、物を貰っている手前、文句など言いたくは無いがとても一人じゃ食べられない程の量になってきている。冬場は喉を痛めた同僚に分け与える事が出来るが、残念な事に喉風邪の季節はもう少し先だ。

 小さく溜息を吐きながらのど飴を一つ口に入れる。蜂蜜のど飴と書かれていた。

「喉、大丈夫ですか?」

 困ったような顔でミコに訊ねられる。彼女は青札、つまりは生まれもっての才能を有する人物だ。具体的に言うと、機関が正式に精査する『霊感値』と『霊力値』が平常時から高い。

 この霊感と霊力は完全に個人差の世界なので、本来は一緒くたに呼んで差し障り無いものだが、機関の意向によって別々の能力値という位置付けになった。簡単に言うのであれば、霊感は怪異や霊の類を感じ取る能力で、霊力と言うのはその霊を消滅させる為の力だ。

「あんまり大丈夫じゃない……。3日連続シャウトだったよ、流石にちょっと……。いや、ギャアギャア騒ぐ私が悪いんだろうけどさ。叫ばないと死ぬじゃん、私が」
「赤札の皆様って、多大なジレンマを抱えていらっしゃる方が多いですよねっ!」

 赤札。正式名称は特定指定除霊師。
 特定の条件下で爆発的に霊力を高める事が出来る、ピンチヒッター的な役割の役職だ。自分と、あとは運転席にいるトキも当て嵌まるし、他にも白札ほどではないにしろたくさんいる。

 そんな特定条件。ミソギの場合は「大声で叫ぶ」、ことである。しかもただただ大声を出せばいいというものではない。その絶叫には感情が必要だ。恐怖でも、慟哭でも、もしくは歓喜の声でもいい。そこに叫ぶだけの感情が伴っていなければならない。
 ただし、ここで幸か不幸か、ミソギには除霊師として致命的な欠点がある。
 ――幽霊の類が大の苦手なのだ。
 ミコが先程、恐怖を煽るような発言をしたのは――彼女の素でもあるが――この条件を発動させる意味合いがある。お陰様で、現場にいるだけで恐怖で震え上がっているというのに追い打ちを掛けられる事は日常茶飯事。しかし慣れはしない。

「おい、道を間違えたぞ。このカーナビはどうやって進路変更するんだ」

 喉を労っていると運転席のトキがそう訊ねた。彼とは同期である。何せ、同じ除霊師講習を全く一緒に受けた相手だからだ。すでに3年生き残れているので、必然的に彼との付き合いは3年と少しという事になる。

「道を間違えたって、今どこに向かってるの? 機関の支部? だったら右端に登録住所があるから、それをタップして――ってちょっと! 左左! ミラーがぶつかるよ!!」
「うるさい、騒ぐな」
「騒ぐわ! 危うく事故る所なんだけど!? というか、この間免許取ったばかりだよね? 大丈夫かな、無事に支部まで着くかな……」

 ポーン、とトキがカーナビを弄くったせいか機械音声が流れ始める。

『この先、ずっと右です。右右みぎみぎみぎミギミギ――』

「ひぃっ!?」

 カーナビの様子がおかしい。捻り出すような悲鳴が喉から漏れたものの、口に含んでいたあめのお陰で絶叫するには至らなかった。隣に座っているミコが「きゃっ」、と可愛らしい悲鳴を上げる。

「トキさん、そのカーナビ呪われてますよっ! この辺、土地勘は無いんですか?」
「暗くてよく見えん。運転するのにも飽きて来た。何だこのカーナビは煩い」

 ブチッ、という音と共に強制的にカーナビの画面が消えた。こうやってカーナビは度々呪われるので、電源を落とせるように魔改造されているのだ。

 車内に落ち着きが戻ったところで、ミコが先程までのテンションが嘘のような静かさで言った。

「そういえば、さっきから言おうと思っていたんですけど、ミソギさん達、今週は大忙しかもしれませんねっ」
「え? 嘘、今週ってまだ始まったばっかりだよ?」
「はいっ! 死亡案件の気配がします。霊符、幾らでも支部に置いておくので忘れずに持って行ってくださいね。これはよくない流れだと思います」

 ――巫女であるミコには、僅かながら未来を予知する力がある。
 それは必ず当たる訳では無いものの、体感3割の的中を誇る、大変に頼り甲斐のあるものだ。

「えー、忙しいって、過労死するわ。流石に」