1
「――あれ?」
異変は突然だった。ゴトン、ゴトン、という規則正しい音。それだけが変わらない。
学校から電車で帰っていた合崎神無は微かな違和感を覚えて顔を上げた。何が変わったのか、それは分からない。ただ空気が変わったような、何だか息苦しいような、そんな感覚。
窓から外を見てみれば案の定、まったく予想だにしない光景が広がっていた。
一面の草原。平均的な身長をした人間の膝くらいまで生い茂った草が風に吹かれて揺れている。ほとんど何も無いし、当然神無はこんな田舎などには住んでいない。アスファルトの海である人間の集合住宅が住処だ。こんなワイルドさが溢れた場所など知らないし、通る事も無い。
――ここは、どこ?
問おうにも車内に人影は無かった。そんな馬鹿な、少し前までは確かに電車内が人で溢れかえって少し暑いくらいだったというのに。
ぶるり、と身震いする。
異常事態だ。脳が警鐘を鳴らす音が明確に聞こえる。
呼吸が上擦って上手く息が出来ない。
ドキドキと脈が速くなる。
それとは正反対に、脳はその活動を徐々に止めつつあった。眠い。
――『睡眠欲とは危険なものです。何せ、人間は眠っている時が一番無防備ですから。私にはどことも知れない教室や電車、バスの中で眠りこける人間の心理がまったく理解出来ません。まあ、それは君に言う事ではないでしょうね。君は、私の授業をよく聞いていますから』
不意に国語教師の言葉が脳裏を過ぎった。この会話をしたのはいつだったっけ。そうだ、今日の昼休みだ。クラスの宿題を集めて職員室へ持っていった時に掛けられた言葉だった。
キキッ、とやや耳障りな音を立てて電車が止まる。
その軽い衝撃で頭がやや覚醒した。
「――ぎ駅。ここは・・・き・・・ら・・・きでございます。ご降車の・・・は、す・・・」
随分と聞き取りづらいアナウンスだ。しかしどこかの駅に着いた事を悟ってそそくさと電車から降りる。
――何ここ。無人駅・・・?にしたって誰もいないけど・・・。
プシュー、という音がして電車の扉が閉まった。間髪を入れずすぐに出発する。茫然とそれを見送った神無は途方に暮れたように溜息を吐いた。どうも電車に乗り間違えたらしい。あまり迷惑は掛けたくないが、親にでも連絡して迎えに来てもらう事にしよう。どの電車へ乗れば元の場所へ帰れるのかもよく分からないし。
小さく溜息を吐きながらスマートフォンの画面を着け、目を落とす。
慣れた手つきで画面をスワイプし、ロックを解除しようとしたその親指は凍り付いたように止まった。
大画面に表示される、時刻。
――午後11時38分。
息が止まった。