第7話

09.


 というか、現実的な問題として。

「ぶっちゃけ、私が多少その魔法とかいうそれを使えるようになったとして、カルマをどうこう出来るとはとても思えないんですけど。自衛も出来るか怪しいですよね」
「いえ、大丈夫です」
「ランドルさんって、私に対して受け答えがすっごく雑な事無いですか? 気のせい?」
「気のせいです。とにかく、やる前から否定的な事ばかり言っていても始まりませんよ」
「正論なんだけど、何でしょうね。この気持ち」
「釈然としない、と言いたいのでは?」
「それだ」

 問答に飽きたのか、時間の無駄だと思ったのかランドルが色々試してみましょうと提案する。色々も何も、魔法の話をしていたのではなかったのか。

「詠唱を勧めるな、あたしなら。文言さえ覚えていれば誰にでも発動出来るだろ。まあ、魔力の値を勘定しなければ、だけれど」
「僕もそう思います。と言うわけで、まずは僕に続いて言ってみましょう」
「おう。本当に初心者向け、魔法のレッスンって感じだな」

 腕組みしたコルネリアが可笑しそうに笑う。何が可笑しいんじゃ、とも思ったが抗議の言葉はランドルの発した『詠唱の呪文』とやらによって遮られた。

「%&**%$、まずはここからですね」
「はい!? どこから!? 何一つ聞き取れなかったんで、もう一回お願いします!」
「%&**%$」
「いや、すいません。何言ってるのか分からないし、それ何語? 確実に英語ですらないんですけど」

 あれ、とランドルが首を傾げる。

「おかしいな、変換出来ていない……?」
「アーティアの仕組みからして、『変換出来る単語が無い時には変換出来ない』。珠希の使っている言語の中に、魔法発動の詠唱呪文に該当するものが無かったんだろ」
「検証の余地がありますね。では、$#&*+&は?」
「いや、分かんないです」

 そうですか、と腕組みしたランドルは一瞬だけ固まると次の指示を出した。

「聞いたそのままに発音してみましょう。++*?$%&」
「……うにゅろぺかう?」
「何を言っているのですか」
「こっちの台詞なんだよなあ……」
「詠唱は止めましょう。現実的では無いし、意味の無い文字列を覚えるのは大変ですからね。この分だと、珠希さんに呪文を覚えさせるのは絶望的でしょう」
「まあ、否定はしません」

 次はこれです、と手の平をこちらへ向けたランドル。その手の平を中心に、幾何学模様のようなものが広がる。手の平より一回り大きいくらいか。

「かなり煩雑ですが、慣れれば詠唱よりずっと自由度が高いのが強味です」
「煩雑!? だ、大丈夫かな。取り合えず、やり方をゆっくりゆーっくり説明して下さい」
「ええ。ではまず、手を差し出して下さい。利き手の方が好ましいです。おや、右利き。珍しいですね」
「日本では大半の人が右利きですよ。習字の時間とか、左利きだと苦労するって友達も言ってたし」
「シュウジ?」
「続けましょう」

 ランドルは手の平の一点を指で押した。

「良いですか、ここを起点にして、魔力を織り交ぜつつ描きたい模様を思い浮かべて下さい。そして――」
「待って待って待って! 色々言いたい事はありますけど、模様って具体的に何!? 美術の成績が3の私に何を求めてるんですか! しかも魔力って何!」
「――成る程。曲者ですね」

 いやもうさ、とウンザリしたような口調でコルネリアが呟く。

「ランドル、お前が作った術式を持たせれば良いんじゃね? そしたら後は魔力の織り交ぜ方だけ説明すりゃ良くなるじゃん。一月二月で魔法を使えるようには見えないし、そっちの方が建設的だわ」
「うーん、まあ、そうなりますね。仕方ない、何か初心者向けの術式を考案してみます。今日は解散しましょう」
「す、すいません。何か……」

 こうして集まった新入り3人は特に何もすること無く解散した。絶妙に殺伐とした距離感なので、皆が皆その場で散って行ったのはある意味壮観な光景と言えただろう。