第7話

06.


 話を戻すが、と若干逸れていた話題をリンレイが引き戻す。

「ともあれ、珠希を連れ回すのであれば注意せよ。妾に言えるのはそれだけであるし、フェイロン、そなたには珠希の力が必要だ。妾は珠希を拘束せぬ」
「そうですね。休暇中とは言え、仕事は仕事。俺の捜している封具の作成法はどこへ行ったかご存知ないでしょうか?」
「その話は里の者から聞いておる。アーティア滞在中に面倒事を押し付けられたものよなあ、可哀相に。しかし、妾も作成書の行方を知らぬのだ。が、王都に写本があったはずだぞ。仕舞い込んでいるようでな、もう妾が探すよう依頼しておいた。まあ、そなたが話を通しておったおかげで、すでに捜索は開始していたようだが」

 ――何の話だ……?
 何故かアテにされているようだが、聞き覚えの無い話に目を白黒させる。ちら、と困った時のイーヴァ頼みで彼女を見やるも険しい顔をしているだけだった。普段は無表情の彼女が眉間に皺を寄せていると言い知れない迫力がある。

 が、ここでまさかのダークホース・ロイが「すいません」、とリンレイに声を掛けた。その勇気には賞賛を送りたい。送りたいが、如何せんタイミングが悪過ぎやしないか。恐々と事の成り行きを見守る。

「うん? そなたも妾に用事かえ?」
「ああうん。えーっと? 珠希の事を誘拐しようとした魔族? について?」
「いや、妾に聞かれても……。が、言わんとする事は分かるぞ。それについてはこちらも思う所があってな。目下捜索中だ。暫し待て」
「了解っす」
「そうさな、3日あれば所在を割り出せそうだ。何日でも滞在して構わぬが、そのくらいの目安であるとだけ伝えておくとしよう」
「俺等、ギレットに泊まんの?」

 緊張感をどこかへ置き忘れて来たらしいロイが仲間内に訊ねる。ダリルが非難がましい視線を向けているがどこ吹く風だ。
 フェイロンが小さく頷いた事で納得したのか、ロイが再び向き直る。とはいえ、だらっと半ば力の抜けた立ち姿だったが。では、とリンレイが場を仕切り直す。

「そなた等には部屋を与える。今に限らず、ギレットへ立ち寄った時は使って良いぞ。どうせ空き部屋だ。好きなだけ滞在して構わぬし、三食用意させよう。出る時は使用人に告げよ、食材が無駄になるのは好ましくない」

 では、と話は終わったと言わんばかりに軽くリンレイが手を振る。友達どうしが「じゃあね!」、と別れる時の様なフレンドリーさだ。
 しかし、素早く扉を開けて中へ入って来た例の案内人は頭を下げたまま、客人を外へ外へと促す。リンレイと使用人の温度差に風邪を引いてしまいそうだ。勿論、応接室に留まる理由も無かったので珠希達も促されるままにいそいそと続いた。

 ***

 部屋は個室だった。破格の好待遇に驚きを隠せないが、色々とあったショッキングな出来事を前に、その有難味は霞んでいる。普段ならテンション上がって部屋を物色するのだが、今日に限ってはそういう元気もない。

 頭を占めるのは「家に帰る事が出来ない」という事実だ。いや、薄々は気付いていたのかもしれない。しかし、こうやって現実として突き付けられるとやっぱりね、と呑み込む事は出来なかった。
 明日からは何をして生きればいいのか。生活水準が低いこの世界で今まで通りの生活は送れない。というか、イーヴァの旅が終わった後はどうするのだろう。他の皆は帰る場所があるのかもしれないが、自分にはそれが無い。

 コンコン、と戸を叩かれた事で我に返る。が、流石に人と会って話す気分でもないので居留守を決め込んでみた。というか、誰だろうか。

「おーい、珠希? いないの? んだよもう……」

 ――コルネリアだ。
 彼女には悪いが、独特のテンションに合わせるテンションが今は無い。お互い無言になっても嫌なので、このまま居留守しておこう。
 とはいえ、基本は短気なコルネリア。すぐに居ないと認めたのか、或いは出て来ないので面倒になったのか足音が遠ざかって行く。心中で「ごめん」と謝り、ぼんやりと壁を眺める作業に戻る。