第7話

04.


 フェイロンがここへ来るまでの経緯を簡単に纏め、リンレイに話して聞かせる。こうやって客観的に今までの出来事を振り返ってみると、信用に値しない突拍子も無い話のように聞こえるが大丈夫だろうか。
 と、そんな心配は杞憂に終わった。リンレイは話の概要を聞くとやはり寛容に頷く。大まかに事情を把握している、というのは本当だったらしい。

「妾が答えるべきは2つか。1つ、そちらの娘――珠希の事。1つ、珠希を攫おうと目論んだ魔族2人組の事。さて、どちらから答えるべきか」
「勿体振らず、話を進めて頂きたい」
「フェイロン……そなたには風情が足りぬぞ! ここで妾がスッと答えてしまうと、雰囲気が台無しであろう?」

 ごほん、と態とらしい咳払いをしたリンレイが朗々とした口調に切り替わる。

「まず、珠希の来た地球などという世界は、厳密に言えば1人だけ似たような人間がアーティアへ流れ着いた事があるぞ。妾は直接そやつの話を聞いたが、超こうそうびる? だの、くるまだのおよそ意味不明な事ばかりを言うやつであった」
「それ! 間違い無く私と同じ出身者です!」
「まあ、300年程前の話だがなぁ……」

 ――300年!? そんなに経っていたらひ孫の孫くらいまで家系図が伸びていたっておかしくない。事も無げに告げられたが、時間が経ちすぎている。その似たような人物と直接会う事は無いだろう。
 そうそう、と珠希は興味を失った人間の話をリンレイは更に続ける。

「B地球から来たと言っておったな。そなたとは来た方法が違うのだろうよ、奴は自分の意思で来た。んー、何ぞ、えれーべーたー? とかいうカラクリを」
「エレベーターの事ですか?」
「うむうむ、そんな感じの名前であったような。それを然るべき手順に従って上下を繰り返すと異界に行けるという方法を試した、と言っていたぞ。うん。パラレルワールドから元いた世界へ戻ろうとしたそうだが、何かの拍子にアーティアへ来てしまったのだろうよ」

 聞いた事がある。主に怪談的な意味のあれで。異世界へ行く方法、とかいう怪談だった気がする。こういう手合いの恐ろしいところは、本当に出来るかもしれないという謎の恐怖がある所だろう。

「えーっと、その人は帰れたんですか? 結局」
「端的に言えば帰れなかった。そなたと奴は確かに来た方法こそ違うのであろうが、帰れない理由は同じだろう。来られた理由もまた然り。一つしか無い」
「……?」

 リンレイは美しい笑みを浮かべた。どこか意地悪そうに見える笑みだが、整い過ぎている顔がそうさせるのかもしれない。
 よいか、とぼうっとしていた頭にリンレイの涼やかな声が反響する。

「そなた等の住む地にはアーティアとの接続部が無い。地球という地は魔法という概念が無く、人間が1人いなくなっただけで大騒ぎになるような整備された地でもある」
「まあ、そうですね。少なくとも日本は、行方不明者が出れば大騒ぎになるかもしれません」
「そういう訳よ。そなた等がここへ来る為には、整備された地に縛られた肉体を捨て中身だけを移動させる他無い」
「……? はい? どういう意味ですか?」
「そなたは戻れぬ。何せ、戻った先の肉の器は死んでいるのだから」

 その言葉を理解すると同時、思ったのは「ああやっぱり」とそれだけだった。身に覚えが無ければもっと他のリアクションを取っただろうが、何せここへ来る前に車と正面衝突している。

「そなたの事情を聞きはしないが、前任は『エレベーターが揺れたと思ったら下へ落ちた。目を醒ましたらここにいた』、などと宣っておったぞ。妾にはエレベーターなるそれがどのようなものであるのかは分からぬが」

 エレベーターのワイヤーが切れたのだろうか。確か、エレベーターを使っての異世界へ行く方法とやらも、最後は10階まで上ってフィニッシュだった気がする。10階から一番下まで落ちれば即死だろう。