第6話

10.


 ***

 身体が重い。深く切った頭はズキズキと痛むし、何だか物理的な痛みではない痛みまで覚えている。

「おーい、大丈夫?」
「ああ……」

 仲間の問いに対し、フリオは力無く応じた。一番手酷くやられたのは自分だが、それでも3人の仲間達はなかなかにボロボロだ。肩を貸してくれているガーレイに大変申し訳ない気持ちで一杯だ。

「依頼キャンセルしただけで、まさか殴り掛かってくるとはね……」

 ファンメイが肩を竦めた。彼女の頬は白いガーゼで覆われている。痛々しい事この上無いが、裏を返せば彼女の外傷はそれだけなので足取りそのものは軽やかだ。
 何故こんな事になっているのか。数日前に遡る。

 ロイ達に敗北してからこっち、取り敢えず潜伏場所を探そうと躍起になっていたのだが珠希誘拐の依頼をしてきた魔族2人と遭遇した。流石にこれ以上、あの小娘を攫おうという気にはならなかったので依頼をキャンセル。そうしたら唐突に戦闘を仕掛けてきたのである。

「痛い目見て思ったけれど、あの子、割と面倒な事に巻き込まれてるんじゃないかしら?」

 足を引き摺っているルーニーの言う『あの子』とは珠希の事だろう。顔は全く覚えていないが、忙しない動きをしていた事だけは鮮明に憶えている。悪く言うのなら、何の変哲も無い人間の娘だった。
 そもそもさ、とアホで有名なガーレイが首を横に振る。

「何で俺等って人類滅亡を企んでたんだっけ? 最初の時は安住の地を探す、みたいな話じゃなかったか? あれ、俺の勘違い?」

 アホなりに真実を突いた一言。仲間内に漂う微妙な空気。
 何とも言えないその空気を塗り替えるようにルーニーが全く違う話を始めた。

「この辺、カモミール村辺りまで戻ってきたんじゃないかしら?」
「そんな所まで撤退していたか」
「丁度良いよ、村に寄って体勢を立て直そう? 怪我とかしてるし……」

 ファンメイが自分とルーニーを交互に見やる。
 確かに、この状態では次に魔族共と出会した時に殺されかねない。人間の村仮に襲われたとして知ったこっちゃ無いし、適当に宿でも取ろう。というか、カモミール村についてはロイの友達らしき少女が何か言っていたような。

「ん? 人の匂いがする!」
「あっ! おい!」

 パッとガーレイが離れて行った。慌てて体勢を整える。何て奴だ、いきなり怪我人を放り出すとは。
 離れて行ったガーレイは片手にとんでもないものをぶら下げて戻って来た。片親が獣然とした種族だからか、彼は時折、常識外の行動を取る事がある。

「ちょっと、返してらっしゃいよ。なぁに? どうするの、それ」
「うわ。人間じゃない……」

 歳の頃なら10歳以下くらいだろうか。小さな小さな少女の襟首を掴んだガーレイは嬉々とした顔をしている。とはいえ、彼自身は人間に対して大層な恨みを持っている訳ではないので、人間を捕まえたのではなく、純粋に隠れていた人物を発見してはしゃいでいるだけだろう。
 何だか目くじらを立てる気にもなれず、フリオは手を振る。

「戻して来い。私達はこの辺に宿泊する予定だ。要らん騒動を起こすな」
「ほーい。ああそうだ、なあ、カモミール村ってどっちの方角?」

 恐々としてガーレイの片手にぶら下げられていた少女は不安そうな表情のまま呟いた。

「カモミール村はね、いま、ひとがいないの。わたしもそこに住んでるんだよ」
「はぁ? 人がいないのに、お前は村に住んでいるのか?」
「おおきな耳がついたお姉さんたちが、いっしょにすんでるの」

 ――薄ボンヤリ、ロイの連れが言っていた言葉を思い出す。曰く、カモミール村は今無人状態かもしれないという話を。
 考え込んでいると、ガーレイが少女を下ろした。

「丁度良いな! 俺達も村に案内しろ! ちょっと休みたいんだ、怪我人いるし」
「わかった! お兄さんたちもいっしょに住むんだね?」

 勘違いをしているようだが子供相手に物事を訂正するのは面倒だし無駄なので沈黙を貫く。道案内をする、と息巻いた少女が歩き出した。
 ――歩き方が、変。
 足を負傷しているルーニーのように足を引きずって歩いている。しかし、少女は怪我をしているようには見えなかった。

 ***

 少女が言った通り、成る程村にはほとんど人の気配がしなかった。ただし、村民の数はゼロじゃないらしい。何かを捜すように張り上げる声が、全くの無人でない事を物語っている。

「おい、お前捜されているんじゃないのか?」
「うん、わたし、足がうまくうごかなくて……。お姉さん、心配してるんだとおもう」

 それにしても、どうでもいいので訊かなかったが何故彼女はこの村に住んでいるのだろうか。大きな耳があるお姉さんとやらは明らかに人間ではない。
 デリケートな問題なので訊くべきか、知らぬ振りをしておくか迷っていると果敢にもルーニーがその問題に触れた。

「君は、どうしてこんな無人の村に住んでいるのかしら」
「その、ルナール街からおいだされちゃったの……。わたし、足がわるいから……。せーかつひ? が、たりなくなっちゃうんだって」
「そ、そう。ヘビィな問題に触っちゃって悪かったわね……」

 あらゆる悲惨な話をなぞったような少女の生い立ちに同情を禁じ得ない。混血の多くはそういった過去を抱えているし、他人事とは思えないような、複雑な感情が沸き上がってくる。
 しかし、とフリオは半有角族のファンメイに視線を移す。彼女は恐らく自分と同等かそれ以上に人間を嫌悪しているはずだ。少女に何か心無い言葉を掛ける心配が――

「可哀相……! 私が背負ってあげるよ、ほら! そうだ、名前は?」
「ルニだよ」

 ――あ。何か大丈夫そう。
 相手がファンメイより年下だったのか功を奏した。特に敵愾心などは抱いていないようだ。

「ルニちゃーん! ちょ、マジどこ行ったし! お兄さん寂しくて泣いちゃうってガチで!!」

 少女――ルニを捜しているらしい声が一際近くで聞こえた。どことなく知能指数の低そうな言葉の数々にフリオは事情の説明が大変そうだと疲れ切った溜息を吐き出した。