17.
元々は槍の形をしていた、黒い砂のような物体が風に巻かれて四散して行く。光を浴びて鈍く輝くそれは、一瞬とは言え世話になった得物の成れの果てだ。
爛々と怒りに燃える瞳でこちらを睨み付けてくる友人を前に、ロイはゆっくりと屈み込む。フェイロン曰く、氷狼とは見た目に反して魔道寄りの種。主な原動力は体力ではなく、魔力だ。
不意討ちで殴り掛かって来るか、と思ったが肩で息をするフリオに抵抗の意思は見られない。膝を突いた時点で負けを認めたのか、或いは信用を裏切った事に対して思う事があったのか。
「あれの、入れ知恵か?」
「うん? ああ、イーヴァの事か。そうだよ。俺がこんなに頭の良い作戦思い付く訳ないし」
「全くだな」
薄い色の双眸が眇められる。それはロイを通り越して、用心深くこちらを伺うイーヴァを写していた。
「ところでさ、俺勝ったし、俺の話聞いてくれるよな?」
「何だその自分ルールは……。言いたい事があるのなら話せばいい。私をどうするつもりなのかは知らないが」
「おう! じゃあ、話すな!」
言いたい事――言わなければならない事を脳内でまとめる。とはいえ、長く話すのは苦手だ。理論じみた説教など自分には到底出来そうも無い。結局世の中なんて、自分がどうしたいか、或いはどうしたくないかだ。
感情を差し置いて、合理的に行動するのは好きじゃない。そういうのは、それが得意な誰かがやる事だろうし。
「フリオ、俺に負けたし、人類滅亡なんて馬鹿な計画は今すぐ中止な!」
「……前々から思っていたが、お前馬鹿だろ……。私が何をしようと私の勝手さ。止めさせたいのなら、私を殺す事だな」
「え? 何でそうなるんだよ、俺等、友達だろ!」
ぐったりとフリオは溜息を吐いた。大人が子供の意見を噛み砕くように、自分の言葉が足りない部分を指摘してくる。
「お前はいつだって言葉が幾つか抜け落ちている。そもそもお前は私をどうしたいんだ? 見逃すという意思表示をしているにあたり、殺す気が無い事は分かった。というか、今から殺す相手に対して話し掛けるような神経を、ロイ、お前は持っていないからな」
「だって無駄だろ? いや、必要な情報を聞き出したい時はまた別だけどさ」
「しかし、私に計画を止めろとは強要してくる。お前は以前私に人類を滅亡させるのは人間の数的な問題で無理だと言ったが、そう思っているのなら私のやる事の邪魔をする必要は無いはずだ。お前の理論では私の事は放って置いても計画は成功しない」
はあ? とロイは首を傾げた。彼は少しばかり理屈っぽいところがあるので、村でまだ仲良くやっていた頃も行き違いが多かった気がする。しかし、人など皆違う生き物なので気に留めた事は無かったが。
「何かお前の話は小難しくて俺にはよく分かんないけどさ、ぶっちゃけ、フリオの計画とやらで見ず知らずの人間がどうなろうと俺は知ったこっちゃ無いんだよ。俺は別に、人間を救う為に用意された勇者様とかいう役じゃないし」
「……?」
「そんな危険極まりない計画を立てるとさ、お前、国の騎士団とか召喚師達に狙われる事になるだろ! 人類なんて滅亡させたきゃそれでいい。けどな、んなアホな事やってる間に、お前が死ぬつってんだよ!」
目から鱗、僅かに驚いたような顔をした友人はしかし、それを鼻で嗤った。自らの動いた感情を自嘲するかのように。
「私が死んだからと言って、村を飛び出し、旅に出、新しい仲間を獲得したお前には大した事なんて無いさ」
「あーあー、良いからマジで、そういうの。俺がどう思うのかは俺の自由だぞ。フリオ視点の俺はそういう奴なのかもしれないけど、俺自身は友達思いの好青年なんだからな!」
「所詮混血なんて……」
「俺が一度でもそんな事を気にした事なんてあったっけ? 村の連中が、混血排除派の人間がそう言ってたから? そんなの全部赤の他人じゃん。何年も同じ村で過ごしてきた友達の言葉を差し置いて、よく知りもしない相手の言葉を信じるとか馬鹿か」
頭を抱えたフリオがぽつりと言葉を溢した。言い訳じみたそれではなく、しみじみとした言葉を。
「私は時々、お前の雑な思考回路が羨ましいと思うよ」
「雑じゃねぇって、シンプルっていうんだよ! シンプルに友達に死んで欲しくない、以上!」
「いや、やっぱり雑だろう。それ」
「逆に丁寧である必要があんの? 色々理屈付けて無茶苦茶言ってくる奴がたまにいるけどさ、最終的には自分がどうしたいかなんだよ。馬鹿みたいに長い論文とか読んでみろって。中の文丸々削って結論だけ書いておけって思うから」
「お前の口から論文なぞという言葉が出て来るとはな」
「術式を起動させる勉強したんだよ! お前のせいだからな、本当に!」