第5話

16.


 ***

 凍り付いた噴水の水、薄く氷を張った石畳、まるで唐突な冬将軍のお出ましだと言わんばかりの光景にロイは息を呑んだ。
 以前、珠希がフェイロンに「混血とは何なのか?」、という質問をした事があった。
 その時にフェイロンは「血が混ざったからと言って、元の種に劣るとは限らずむしろ上手く作用して別の力を生み出す」云々と述べていたが、それは目の前の獣でもあり人でもある友人にも適用されると思う。

 吐き出す息が凍る。イーヴァ特製の槍の柄が恐ろしい程の冷たさになっているからか、指先が冷たさで痺れていた。

 氷狼。氷を操る獣と人間の混血であるフリオは、首に巻いたスカーフ1枚で寒さに頓着すること無く静かに佇んでいる。ただし、グレーの双眸には目に見えて分かる程の苛立ちを添えて。

「――折角逃げられたのに、わざわざまた現れたのか? 昨日の今日で何かが変わると思っているのなら、それはお門違いだぞ。武器が頑丈になっているようだけど、使い手が使い手ではね」

 今回は当然、イーヴァが提案した通り作戦がある。しかし、それを事前に悟られると分が悪いのでロイは黙りを突き通した。ここでベラベラ喋ると逆効果だと思ったのだ。それに、背中に突き刺さる痛い程のイーヴァの視線が余計な事は言うなと物語っている。
 脳内で術式の起動手順を反芻しながら、フリオに以前も掛けた言葉を掛けようと口を開いた。

「それより、まだ人類滅亡とか言ってんの?」
「当然さ」
「それ、止めろって前も言っただろ」
「止めろと言われて止める訳が無いな」

 揺らぎ無い言葉。放っておけば人様に迷惑が掛かる事は必至。
 やはり、言葉より拳である。ぶっちゃけ、知らない人間がどうなろうと知った事では無いが、フリオ自身は友達、親友。アホな事をして寿命を縮めさせたくはない。

 言葉が不要である事を確認したロイは、穂先をフリオへと向けた。戦闘開始の合図を物語るようなそれに、呆れた様子のフリオが鼻を鳴らす。そこに殺意は無いが、純粋な苛立ちは感じられた。

「命を大事にしない奴だな」
「お前の言ってる人類滅亡が本当に叶ったのなら、俺も死ぬだろ。俺は命を大事にしてるんだって」
「……それもそうか」

 ぽつりと呟いたフリオが身を翻す。今の会話の何かしらに、彼の原動力となる言葉でも紛れ込んでいたのかもしれない。

 良い感じにどことなく頭に血が上っているのを見、ロイは握った柄から術式を起動させる。ランドルとコルネリアが編み、イーヴァが混ぜ合わせた、まったく新規の術式だ。彼等の話はまるで理解出来なかったが、あまり動かさない頭を使って久々に勉強をした。
 その甲斐あってか、滞りなく術式が発動したのを体感する。それは密やかに、決して表に出ること無く忍びやかに展開されていく。

「――また魔法武器か? よくも珍しい武器ばかり集めたな。それとも、職人を抱えているのか? 羨ましい事だよ」

 フリオの視線が一瞬だけ、離れた所から事の成り行きを見守っているイーヴァを射貫いた。淡々とした意志の強そうな彼女の瞳が、一瞬だけ細められるのを見る。
 隙でも何でも無い一瞬だったが、その間にフリオへ一足飛びで接近したロイは、常日頃そうするように躊躇い無く槍を突き出す。それを真横に躱した友人は、その手にまた安物のロングソードを持っていた。

「よし! 来いよフリオ! 次は俺が勝つからな!」
「寝言にしては目が開き過ぎているな。取り敢えず、得物の有用な使い方を学んでから出直してくると良い」

 言いながらフリオが剣を振り下ろす。頭上に掲げられた斬れ味の悪そうな刃を、槍の柄部で受け止めた――

「えっ」

 糸が途切れた人形のように、急速に力を失ったフリオが膝から崩れ落ちて視界から消えた。それと同時に展開されていた術式が役目を終え、消失する。二度と使えない、塵に還ったと言った方が正しいか。足りない魔力を補完する為のドラゴン種から採集した素材が急速に劣化し、柄が中程からぽっきりと折れてしまった。
 ざらざらと、無機物が長い年月を経て風化するかのように徐々に徐々に崩れていくその武器を、労いを以てそうっと地面に置く。

「ぐっ、く、そ……ロイ、お前、何をした……!」
「術式を起動して、最初に触れ合って来た相手の魔力を全て吸い上げる――っていう魔法武器だったんだよ、これ」