第2話

09.


「そう、じゃあ止める?」
「ばか、止めるなんて言ってないじゃーん!未知への挑戦は、学生時代の特権なんだよ!?」
「がくせい……?」

 意味の分からない単語を駆使して力説してくる珠希にヘラを渡す。よく分からないが、挑戦してみるって事で良いのだろう。
 否定的な意見を漏らした珠希はしかし、嬉々とした調子でヘラを力一杯握りしめている。ノリが良い所はきっと彼女の美徳なのだろう、少々鬱陶しい時もあるが。

「まずはどうすればいいの?この鉄の塊はドボンして良いの?」
「良いよ。元の素材をイメージして、逆再生してね」
「イメージ出来ないなあ……」

 半信半疑、と言った体で見よう見真似の錬金術に手を出す珠希。
 料理でも作るような調子で手を動かしていたが、暫くして彼女は首を傾げた。

「出来てる気がしないんだけど、ちょっと見てみてよ、イーヴァ先生」
「――うん、出来てないね。インゴットのまま」

 ヘラを渡されたので、釜をかき混ぜてみるもお目当ての感触は無い。どうやら珠希は錬金術と相性が悪いらしいので、交代したイーヴァが代わりに爪を生成した。何の引っ掛かりも無く元に戻った素材を見て、イーヴァは首を傾げる。
 錬金術に厳密な適性は無い。恐らく、やろうと思えば誰でも出来る、それこそが錬金術の強みだ。にも関わらず、珠希にはそれが出来なかった。やり方は間違っていない、端から見ていた限りでは。では、自分と珠希の違いは何か。召喚ランクも、魔力量も同じくらい。であれば、価値観?

「おーい、何やってんの?」

 珠希のものではない、低い声に我に返る。顔を上げれば少し遠くからロイが大きく手を振っていた。その姿はさながら、飼い主を見つけた犬のようで大変微笑ましい。

「珠希と錬金術の実演。ロイ――ダリルとは一緒じゃないの?」
「ダリルはどっかで昼寝してると思うぜ。何か、疲れたって言って俺を叩きのめしてどっか行った」
「伸されたの?」
「おう、負けた負けた!」

 はっはっは、と快活に笑うロイに悔恨という単語は似合わない。実にスポーツマンシップに溢れた態度だ。

「それで、そっちはどうだったんだ?珠希、帰れそう?」
「何とも言えない」
「そっか……ま、次があるさ!で、次はどこ行くんだ?」

 尋ねたロイは頭に付いた土埃を払っている。派手に転がされた事がありありと伺えるようだ。

「次は王都へ行ってみようと思う」
「王都!ダリルは滅茶苦茶嫌がりそうだな!」
「え、何で?」

 嫌がりそう、と言ったところで珠希がやや不安そうにそう尋ねた。彼女は自分による、目に写る迷惑を嫌う傾向が強いのでその手の話題に敏感なのだろう。そんな彼女の意を汲んだのか、素なのかロイはここにはいないダリルを笑うかのように朗らかに答えた。

「何か、前の職場の後輩?がいるらしい!いいじゃん後輩、何が嫌なんだろな」
「うわー、申し訳無いなあ……あんまりにも嫌がったら、私一人で行くべきなのかな……」
「大陸で都会、つったら王都近隣しか無いんだから行かない選択肢は無いって!俺もたまには都心に行きたいし、ダリルは上手い事黙らせようぜ!」
「大丈夫?返り討ちに遭うんじゃない?」
「え!?何か時々さ、凄く暴力的な事言うよな。お前」

 これからについて、頭の中で軽くまとめる。
 ここから王都へはかなりの距離があるので一度、ルーナ街に寄って、そこから王都へ行こう。それが恐らくは一番の近道だ。

「今日は休んで、明日出発にしよう。日が暮れてからの行動はしたくない」
「分かった!じゃあ、ダリルとフェイロンにも見掛けたら伝えとく!」
「りょうかーい」

 ***

 神殿備え付けの宿泊部屋を借り、疲れをそこそこ癒した翌日。
 ルーナ街へと向かう途中の道で珠希はぐったりと溜息を吐いた。

「ねえ、まだ着かないの?」
「珠希ちゃんは体力が無いよね。まだ折り返し地点だよ」
「うーわー……」

 ――遠い。とにかく、隣街までの距離が遠い。日本は県同士が県境によって分けられているだけだが、この世界では大きな円の中にポツポツと小さな円があり、それが街であるという図なので街じゃない部分が多くある。
 その街じゃない部分が何かと言えば、公道であり、人の手が加えられていない大自然でもある。

「イーヴァちゃーん、珠希ちゃんが疲れたって」
「もう少し進んだら休憩にしよう」
「えっ、休ませてあげた方が良いんじゃないかな。何か、マラソンした後みたいに息切れしてるし……」

 ダリルの言葉に内心ではそうだそうだ、と声援を送る。ただし、移動する原因を作ったのは自分でもあるので強く出られないのが痛いところだ。いや、こちらの都合に合わせて貰っている以上、文句など口にする事は愚か思う事すら許されないのだが。

「ダリルさん、私、頑張ります……」
「今にも死にそうな顔で言われてもね。あ、背負ってあげようか?俺の得物はロイに預けて」
「恥ずかしいんでいいです」
「そういう慎みはまだ捨ててなかったんだね……」

 それより人を一人背負える余力があるというのに驚きを隠せない。体格の分、ダリルにはロイより体力と腕力があるのだろうか。よく分からない。
 ううむ、とフェイロンが悩ましげな声を上げた。あ、便宜上300歳のおじいちゃんだし、疲れたのかもしれない。年長者の意見として、フェイロンが休憩を提案すれば休めるかもしれない――

「何か起きそうな予感がする」
「ハァ?」
「何ぞ、珠希は俺に厳しくはないか?ううむ、混ざり者の気配よな」

 混ざり者、とロイが足を止めた。釣られてイーヴァとダリルもその場で止まったので必然的に珠希は予期せぬ休憩のチャンスを手に入れる事となる。

「混血って事か?でも、フェイロンの察知能力って宛にならないじゃん」
「人狼の話であれば、理由は説明したぞ。そういう感じではなく――何と言えばいいのかな、威嚇されているような気さえする」

 敵か、と一瞬で臨戦態勢を取ったダリルに対し、やはりフェイロンは煮え切らない態度を取るのみだ。