第2話

06.


「ところで珠希よ、その手に持った本を読むのか?」
「え?いや……目に付いたのを手に取ってみただけだよ。何、用事?」

 そういえば流してしまったので忘れていたが、つい先程も似たような事を訊かれたな。この本に何かあるのだろうか。実はフェイロンも読もうと思っていたとか?そうならば奇跡的なドッキングである。

「用事などはないよ。ただ、お主は見たところ活字を好むようには見えぬ故、俺が口頭でその本の内容を説明してやっても良いぞ」
「軽くディスって来る割には親切な発言にビックリだわ。確かに本は読まない方だけどさ……。え?フェイロンはこの本を読んだ事があるの?」
「献身の乙女は70年前、世に君臨した魔女の別称。俺はもう70年前にはアーティアにいたのでな。体験談としてその事件を語る事が出来よう」
「マジか……そうだよね、300歳だもんね。あっても可笑しくないけど、スケールが大きくて上手く理解できないや」

 というか、こいつアーティアには長期休暇で来たとか言ってなかったか。数十年単位の休暇とか、最早ただの浮浪者では。
 この思いつきをダリルに聞かせてやれば、彼は多少自分に自信を持つ事が出来るようになるかもしれない。

「聞くのか、聞かぬのか?」
「……聞いとく。ちょっと魔女とか興味あるし。で?この人は何をして魔女なんて疑いを懸けられたの?」
「何を馬鹿な。奴は本物の魔女だったぞ。村を5つ、数百という人間を病で殺した、正真正銘の魔女だ。70年前に腐敗病という病が流行したのだが、最初にその病が猛威を振るったのはカモミール村。その村で生き残ったのは子供3人のみだが、内の一人がその後の魔女だったのだよ」
「子供3人って……その後はどうやって生活したのさ……」
「オトウェイという街の神殿に引き取られた。その5年後に『父の名において人類を半分以下に減らす』などとほざいた魔女が病を撒き散らしながら村を5つ壊滅させた」
「う、うわあ、こわ」
「最後はその業によりカルマを誘引し、カルマによって死亡した。が、カルマの出現によりこのロザーリア王国の人口そのものは半分以下にまで減った。今いる住人はそのほとんどが外の大陸から来た者達だな」

 かなり掻い摘んで説明してくれたようだが、結局『カルマ』とは何なのだろう。本によると天災のような存在とあるが、出現という事は形を持っているのか。大自然の猛威という訳では無さそうだし。

「何で献身の乙女って言うんだろ」
「外から来た召喚師と称して、村で奉仕活動を行いながら腐敗病の感染経路を確保していたせいだろう。ただ、今思えば奴は怪しかったな。死神のような――混血を連れていたのを今でも覚えている」
「会ったの?よく無事だったね」
「会った。世話になった村を出る時に、数日だけ滞在期間が重なったのでな。何の変哲も無い、ただの心優しい女性であったが――いやはや、人とは見掛けに寄らぬものよな。あの態度で、あの振る舞いで、中身は凶悪な殺人鬼であったとは」

 刺々しい息を吐き出したフェイロンは目を伏せた。世話になった村とやらは恐らく壊滅しているのだろう。あまり深くは聞かない方が良いようだ。

「でも、どうやって腐敗病?っていうのを村に蔓延させたんだろうね。病原体なんて、人が扱える範疇を超えてる気もするけど」
「分からん。あの頃は人口の激減で混乱していたせいで、碌な調査も出来ておらぬからな。俺も70年前は今以上の青二才。どうやって腐敗病を流行らせたのかなど、頭の隅であったよ。今思えば愚かな事だ」
「頭に血が上っていたって事?」

 苦々しい顔でフェイロンは頷いた。
 本になっているくらいだし、当時を生きていた彼にも衝撃的な出来事だったのだろう。やっぱりスケールが大きすぎて上手い事イメージ出来ないが。

「ところで、主はこれからどうする?俺はさすがに眠気が襲って来ていてな。休憩スペースで一眠りするつもりなのだが」
「それをわざわざ言いに来たの?」
「うむ。イーヴァに面倒は見ると言った手前、放置する訳にはいかぬよ。で、どうするのだ?俺と一緒に休憩するか、まだ本を漁るか」

 本は読む気がしない。典型的な漫画っ子なので絵のない書物は読めない病気にかかっているのだ。しかし、フェイロンと休憩するのは避けたい。余計に疲れる未来しか見えないからだ。

「そうだ、イーヴァは?邪魔じゃないなら資料探しでも手伝って来ようかな」
「お主にこの膨大な量の本から目当ての資料を探し出せる能力があるとは思えぬが……。そうさな、イーヴァなら魔法関連の書物を読んでいるだろうから、ここから真っ直ぐ西へ行けばどこかで会えるだろうよ」
「入れ違う気しかしないわそれ。ちな、フェイロンが言う休憩所っていうのはどこにあるの?」
「2階だ。分からぬのなら司書にでも場所を聞くといい」
「司書いるんだ。全然会わないからいないと思ってたよ。じゃあ、西とかぶっちゃけどっちか分からなかったけど、魔法書コーナーがどこにあるのか聞けばイーヴァには会えるね」
「東西南北が分からぬのか……西はそっちだ、阿呆め」

 フェイロンの指が指し示す方へ取り敢えず進む。が、数歩で足が止まった。すかさず背中にお声が掛かる。

「ずっと真っ直ぐだ。方向音痴なのか?」
「いやいや、それ以前の問題でしょ。この巨大迷路」
「いいか?俺は2階だ。迷ったらすぐ来い。彷徨かれては逆に俺が捜しづらい」

 あんたは私の母親か、心中でそうツッコミ、今度こそ真っ直ぐ通路を進み始めた。