第1話

05.


 ***

 外に出てみると春特有の温かい風が吹き抜けた。世間では花粉症だ何だと騒いでいるが、幸いにして自分は花粉症ではない。鼻がムズムズする気もするが、きっと気のせいだろう。
 立ち並ぶ家はこぢんまりしていて、どことなく可愛らしい。アパートなんてものは当然ないし、道もない。ああ、本当に知らない場所に来たんだなと思い知らされるようだ。
 特に目的も無く歩いているうちに村の入り口付近にまで足を伸ばしていた。
 めぼしい店も無かったし、宿へ戻ろうと踵を返しかけたところで不意に入り口で立ち話をしている2人に気付く。

「……うわあ」

 ――既視感。
 それは例の林で目を醒ました時の気分とよく似ている。
 片方は男性。雪のように白い、ごわごわとした長髪。目がチカチカするし、よくそんな色のカツラあったな、と賞賛するレベルだ。遠いのでそれ以外見えないが、まさか地毛じゃないよなアレ。そして何だか重そうな大量の荷物を脇に抱えている。出て行くのだろうか。
 そしてもう一人、こちらはもっと異様な出で立ちだった。
 白い不気味な面をし、頭からすっぽり黒い服を着ている。頭には何故か帽子が乗っているが、明らかにてるてる坊主のように着込んだ服のせいで意味を成していないのが遠目にでも分かった。はっきり言って、ハロウィンでさえ見掛けない格好だし、泣いている子供がむしろ泣き止むような恐ろしさだ。
 何となく気になって――大変失礼ではあるが、それとなく会話に聞き耳を立ててみる。この不思議なスタイルの人達が何を話すのが気になって仕方無い。

「どうだろうか。我々は同じ混血だし、一緒に来ないか?まさかこんな村にいつまでも滞在するわけじゃないんだろう?」

 一方的に捲し立てているのは白い髪の方の男だ。声が大きいせいか、一言一句はっきりと聞こえて来る。
 対照的に、面の方は全く声が聞こえて来なかった。余程小さな声で話しているのか、それともセールスマンよろしく一気に話してくる男の言葉を遮るタイミングを掴み倦ねているのか。

「――そこまで嫌がらなくても良いだろうに。他にやる事がある?……まあ、そこまで言うのなら。無理強いはしたくはない」

 会話が成立している言葉だ。
 あれ、ちゃんと話をしているのか?片方しか喋っている様子が無い。
 目を細めてみるも、視力は1.0くらいしか無いのでよく見えない。が、これ以上近付けば「え、変なガキ近付いて来たんですけど」、と言われかねないし――
 そうこうしているうちに、白い髪の男が村の外へと出て行ってしまった。交渉は決裂したらしい。
 同時に珠希もまた我に返る。
 ――いやいや、最後まで見ておいてあれだけど、覗き見は良く無い。
 モラルが欠如しているとしか思えない行動に心中で反省しつつ、宿へ戻る為に身を翻した。割当てられた部屋もある事だしもう戻って、インドア生活で極めた時間潰し術を使って暇を潰すしかないだろう。
 ちら、と時計を見る。
 結構歩いていたからか、午後4時半を指していた。夕食は6時過ぎがいいな。

 ***

 ――などという珠希の願いに反し、宿へ戻ってみるとすでに夕食がずらりと並んでいた。美味しそうなシチューと大皿に盛られたサラダ。まだ厨房で何かを炒めている音が聞こえてきている。
 そして、一番に帰還したと思っていた珠希だったが、すでにイーヴァもロイも帰って来ていた。フェイロンとダリルが何をしていたのかは不明だが、ロビーから動いていないのだろう。そんな空気が漂っている。

「おかえり、珠希。どこへ行っていたの?」

 うっすらと笑みを浮かべたイーヴァに尋ねられた。

「ちょっと散歩してきてみた。村って感じだったよ」
「うん、村だからねここ」
「みんなは何してたの?」

 人捜ししてた、とロイは少しだけ不機嫌そうにそう言った。変な事を聞いたのかと思ったが、ロイは言葉を続ける。怒っているのではなく、ふて腐れているのかもしれない。

「いやさ、村中捜し回ったんだけど、そんな奴はいない、って言われたんだよ!あーあ、やっぱり噂なんてアテにならないよな!」
「ロイは人捜しに向かないと思う」
「そうは言うけどさ、イーヴァ。この狭い大陸の中に絶対いるって分かってんだから、何かの拍子に出会えそうじゃね?」
「大陸は人間目線で見たらかなり広いよ。地図で見ると狭く見えるけれど」

 厨房から大皿が運ばれて来た。バイキングなみに色々な肉が盛られている。鶏肉の唐揚げ、ポークステーキ、ハンバーグ――
 量が多いな。誰に考慮してこんな大量の料理を作ったのか。え、育ち盛りのロイの為か?さすがにこんなには食べられないと思うのだが。
 皿を持って来た宿屋の娘がぺこり、と頭を下げる。

「後はお風呂の準備をしておきますね。明日の朝食はパンとご飯、どちらがよろしいですか?」
「パンでお願いします」
「畏まりました、では、ごゆっくりどうぞ」

 終始ニコニコしていた娘が引っ込んで行ったのを見計らい、フェイロンがポツリと溢した。

「随分と待遇の良い宿だな。もっと放置されるかと思っておったぞ」
「悪いより良いだろ。ホント頭硬いよなあ、フェイロンは!」
「お主はものを疑わなさすぎると思うぞ。将来が心配だな」
「何か親戚のおじさんみたいだよな、その言葉」

 すでにサラダを取り分けていたダリルがふと尋ねて来た。ただし、サラダを人数分に上手い事取り分けるその手は止まらない。

「珠希ちゃんは散歩してた、って言ってたけど、何かあったかい?」
「えー……あ!お面マン見掛けました。いや、お面着けてたから男なのか女なのか分からないんですけどね」
「えっ、お面マン?何その不審者っぽい響き」

 ――いやアンタも初対面の時は十分不審者に見えたよ。
 とは流石に言えなかった。今となっては彼のメンタルが見た目に反して脆いのを分かっているし、そういう台詞は本人に言うものではない。
 お面マンに食いついて来たのは意外にもイーヴァだった。ふぅん、と明らかに話の続きを待っているのが伺える。

「あーっと、あんまり人を外見で判断しちゃいけないとは思うんだけど、お面があまりにも不気味で、まあ遠巻きにするよねって感じ。村から出ていく人と喋ってたみたいだったけど、声が全く聞こえて来なくて実は亡霊かも――」
「亡霊!?えええ、いい歳しといてアレだけど、俺ってそういう系苦手なんだよなあ……」
「えっ、ダリルさんお化けとか駄目な感じですか?全然可愛くない……」

 空になったコップ、ついでに水をつぎ足してくれたイーヴァが「ダリルはそういうの苦手だよ」、と答えた。

「グロい系は大丈夫なのにね」
「そりゃ、スプラッタ系は前職場でよく処理してたし……。魔物の討伐より、人間の方がよっぽど恐いよ」
「分かるような、でもやっぱり亡霊は恐くないような。ああ、それで明日の話なんだけど。明日まではカモミールにいるから、ゆっくり休んで」

 何だろう、この、田舎の祖母の家へ遊びに行ったはいいが特にやることが無いのに時間だけが有り余っている感じ。仕方無いから、昼まで寝ていようかな。ああでも、朝食は用意してくれるらしいし、勿体ないからちゃんと起きた方が良いかもしれない。