エピローグ

 カモミール村。
 勝手に居を構えて1ヶ月程になるが、最近はちょっと有名な村になってきた。何でも、アーティア内部にある村だと言うのにありとあらゆる種が混合して住んでいると。更に割と珍しい混血の住処でもあるとか。
 それら全ての情報は正しい。

「――あれだね、平和が一番」
「珠希は言動とは裏腹に、アクティブな動きが苦手だね」

 呟きを拾ってくれたのはイーヴァである。先程まで姿を見かけなかったが、どこからともなく姿を現した。
 ともあれ、勝手に空き村に住んでしまったが、王都の騎士団――ヴィルヘルミーネ達に報告したところ好きにして良いとのことだ。どのみち、人狼騒動のせいで誰も近寄っては来なかった訳だし。

 ついでに、第一村人となったテューネ達とその後に村へ来た少女、ついでにフリオ達一行も適当な家を借りて住み込んでいる。言うまでも無く自分やイーヴァ、人外組も健在だ。結構な大所帯。
 物思いに耽っていると更にふらりとフェイロンが現れた。彼は300歳の老人と言うに相応しく、よく散歩に行っては遅くに帰ってくる。彼にとって、カモミール村は狭すぎるのかもしれない。申し訳無い事だ。

「なんぞ、相談事か?」
「残念だったね、フェイロン。平和を満喫する会話だよ」
「そうか、残念だ」
「最近、暇なの? 特に出掛ける事も無いしね」

 肩を竦めたフェイロンは眉根を寄せながら不満めいた言葉を吐露した。

「ううむ、暇と言えば暇ではあるな。しかし、リンレイ様からの条件として俺は主を監視せねばならぬし。というか、帰宅するのは諦めたのか? 珠希よ」
「そうね。珠希、1ヶ月ものんびり過ごしているけれどいいの?」

 ――会話をどう持って行きたいのか把握した。
 安易に答えを口にする前に、いつもの旅メンバーの様子を伺う。奇しくも、いつものメンバー、略していつメンは目の届く範囲でそれぞれの時間を消費している。

 コルネリアは手近な木の上で猫のように昼寝を。ダリルとロイは手合わせをしているが、この中にはフリオが混ざっている。なお、ランドルは王都に帰還しているので不在。というか、魔族の彼女はいつまで自分と相棒をやるのだろうか。仕事は終わった的な事を言っていた気がするが。

「……何か、流石に暇だしどこかに出掛ける?」

 待っていました、そう言わんばかりにフェイロンが鼻を鳴らし、イーヴァが僅かに顔を綻ばせた。多分、人の意見を聞きはしたが出掛ける事を提案するまで延々と同じ会話を繰り返させられる事になるだろう。

「取り敢えず、私は家に帰る事を諦めてないけど……そういうのが分かりそうな場所とか? ああでも、この大陸? は、ほとんど見て回ったんだっけ。狭いもんだよね」
「私からの提案なのだけれど、いっそ、大陸を出ると言うのはどう?」
「それは出掛けるという範囲を超えておるな。どちらかというと、新たな旅だ」
「嫌なの?」
「まさか。歓迎しよう」

 ――次は大陸を出るのか。
 今まで海外旅行なぞした事も無かったが、不思議と不安は無い。何とかなりはするだろうな、という心持ちだ。

「珠希はどうしてそんなに帰りたいの?」
「どうしてって、元の家には家族だっているし……。学校にも仲が良い友達、居るからね。私のお葬式やってたとして、多分泣いてるはず」
「多分……」

 涙もろい子ではなかった、とは言わないでおいた。問題無く帰宅できれば、自分の葬式の心配などしなくて良くなる。
 もうよい、と面倒臭そうにフェイロンがそう言った。

「湿っぽい話などよせ。俺達のやるべき事は、この発狂しそうになる退屈を紛らわす事だ。隣の大陸でも、或いはアグリア旅行でも構わぬ。旅を再開するぞ」

 わーい、とイーヴァと共に手を叩いて態とらしくフェイロンを煽てる。その様子に気付いたのだろうか、ロイとダリルが駆け寄ってきた。

「あ。丁度良いところに。実は――」

 自覚出来るくらいには浮かれた気分で、珠希は今し方の話を2人にも聞かせた。後はコルネリアにも声を掛けておかなければ。
 まだまだやる事、やりたい事はたくさんある。
 次はどこへ行き、何をするのか。想像していたら楽しくなってきた珠希は笑みを浮かべた。