第10話

02.


 しかし、ここで遠回り的なやり方が不得手なバイロンが情報をブッ込んできた。

『小瓶のカルマはそのままアイリスだ』
「そうであろうな。カルマとは、即ち――いやよい。それは我等が論じる事では無い。バイロンよ、主の目的は何だ?」
『とある事情により、別たれたカルマの欠片を集める。彼女を再び眠りにつかせる為に』

 イーヴァがやや顔をしかめる。これは文句というか、厳しい事を言う時の顔だ。案の定、彼女は否定的な言葉を吐き出す。

「そうは言うけれど、彼女は大量殺人者。野放しにする訳にはいかないと思うけれど」

 緩く首を横に振ったバイロンが再び文字を書き綴る。

『アイリスは最期、「次の時まで眠り続ける」と言った。カルマを消滅させる方法が無い以上、恐らく彼女は「起こしてはいけない」のだと考える』
「起こしてはいけない……」
『カルマが不自然に分裂したおかげで、アイリスは眠りから覚めつつあるが、まだ完全に覚醒した訳ではないようだ。であれば、カルマを再統一し、もう一度お眠り頂くのが最も安全な方法だろう』
「あなたが気を揉む話ではないと思うけれど」
『アイリスを全国行脚に誘ったのは私だ。起こさない事が優しさだと思っている』

 ――詰まるところ。バイロンは圧倒的に『アイリス』の味方なのだと理解した。起こしてはいけない、などと大義名分を並べ立ててはいるが、最終的には彼女の為に動いているのだと思われる。
 そして、チラチラと見える罪悪感の片鱗。胃痛に悩まされていそうな人物である。

「ではそもそも、何故カルマは分裂した? 外的な要因があるかのような言い方ではないか、バイロンよ」
『仮説はあるが、合っているという確証は無い』
「勿体振らずに答えよ。構わぬ」

 止まる事無く動き続けていた、バイロンのペンが止まる。そうして、彼は自由が利く方の手で珠希を指し示した。

『理由は分からない。ただ、分裂したカルマの片割れは、彼女の中に』
「は!? いっ、いやいやいや! 知りませんけど、そんな話!!」

 急に何を言い出すんだ、と反論する。バイロンが落ち着くように、と手でゼスチャーした。

『責めている訳では無く、恐らくは何かの事故だと考えている。種族柄、気配には聡いし、かれこれ70年程、アイリスの守番をしていた。その一点においては間違いがないはずだ』
「いや待て、絶妙に話が繋がってきたぞ……」

 ここでフェイロンが何かを考える時にする、お決まりのポーズを取った。やがて、渋い顔をする。

「カルマが珠希を付け狙っていたのは、半身を求めての事か。では、リンレイ様の仮説は間違っていたという事になるな」
「いや待って。そのカルマが、私の中に居たとして! 私、無事じゃ済まなくない!?」
「ううむ……。そう言われてみれば、そのような気もするが。珠希よ、その特異な能力は生まれ持っていたのだろう?」
「ああうん、そうだけど」
「では……いや、やはりあり得ぬか?」

 ねえ、とイーヴァが至極真面目な顔で言葉を紡ぐ。

「待って、珠希は今……どういう状態なの?」
「どう、って?」
「リンレイ様は、どこにも接続されていない異界から来た住人の肉体が死んでいると仮説した。珠希は? 心当たりはある?」

 最近、忙し過ぎてすっかり忘れていた地雷の話題。心当たりのあり過ぎる問いに、珠希は心底苦々しい顔をした。しかし、最早ここで嘘を吐いたり言葉を濁したりする事は叶わない。それどころではないからだ。
 心を落ち着け、歯切れも悪く珠希は現状を自白した。

「いや、それがさ……私、アーティアに来る前に、時速40キロくらいで走る鉄の塊と正面衝突してるんだよね。しかも場所的にあれは多分、後ろにあった塀と挟まれて即死なんじゃないかと……」
「結界は?」
「ここへ来るまでは、あんなもの防げる可能性が微塵も無い程度の力しか無かったよ」

 イーヴァが悩ましげな溜息を吐き出した。ややあって、彼女は割と今の話題とは関係の無い提案を切り出す。

「話が長引きそう。置いて来た、ロイ達とまずは合流するべきだと思う。バイロン、あなたも当然来るでしょう?」
『仕方ない』

 それまでずっと無言を貫いていたコルネリアが一番に立ち上がり、のろのろと撤退を開始する。そういえば、今日の彼女は随分と情緒が不安定だ。さっきまでは騒いでいたのに、今は沈黙を守っている。
 何となく不気味には思ったものの、それを指摘するのもどうかと思い珠希は口を噤んだ。