第6話

03.


 ***

 地下2階。
 極寒の地――というのは間違いで、永久凍土と言った方が遥かに正しい。今度はまるで外だ。吹雪で数メートル先も見えないし、この風はどこから吹いてきているのだろうか。

「――言うまでもありませんが、地下2階、つまりここでは凍死者が大量に出ています。俺かアレクシアさん、ミソラさんの傍を離れるなよ。イザーク」
「分かっていますよ」

 そう言ったイザークさんは私の目の前に立っている。今回は立場が逆転し、私の庇護下にイザークさんが入っているはずだが、それを感じさせない振る舞いだ。
 一方で同じく『バリア』を持たないラルフさんはアレクシアさんと並んでいる。ここに来て、嫌な感情が頭をもたげてくるのを覚えつつ、その感情には蓋をする。生死が掛かっている迷宮探索で、恋愛脳など愚かも良い所だ。
 それに、分かっていた話ではないか。イザークさんがここにいる以上、ラルフさんがわざわざ狭い所に割って入るはずもない。その上、アレクシアさんがいるのならそちらへ行くのが筋という物だ――

「ちょっと、ボンヤリしないでよ。君がやらかしたら僕も凍死するでしょ」
「あ、ごめん……」
「え?何なのさっきから。情緒不安定だなあ」

 じゃあ、とラルフさんが提案する。

「二手に別れるぞ。このフロアの階段は見つかっていない。階段の発見が最優先だ」
「ホント、全然前が見えないわ。足下とか気をつけなさいよ!」

 ――と、ラルフさんはエーベルハルトさんの方へ移動した。

「イザーク、ミソラの面倒を見てくれ。俺とエーベルハルトは東側を捜索する。アレクシア、お前本当にちゃんと見ておけ、ミソラを!」
「分かったわ。危ない目に遭ったら、まずはミソラを逃がすから。あんた達は何かあっても自分で対処しなさいよ!」
「ああ、分かった」

 言うが早いか、ラルフさんとエーベルハルトさんは吹雪の中に消えて行った。こんな簡単に別れてしまったが、数歩先が見えない状況で元来た場所へ戻れるのだろうか。
 上の階は未知なる恐怖があったが、この階は大自然の恐怖で溢れている。

「ラルフ行っちゃったわ。残念だったわね、ミソラ。あたしとイザークしかいないけど、張り切って行くわよ!」
「うわ、そういう感じだから今僕はここにいるのか……」
「アレクシアさんの不用意な一言が私のプライベートを暴露していく……」

 何かを察したらしいイザークさんの深い溜息。いや、溜息を吐きたいのはこちらだ。しかし、メンバー分けはこれで順当とも言える。私達に対する、ラルフさんの気遣いの結果がこれなのだろう。

「で?まずはどうするの?」
「そうね、壁伝いに進んでみようかしら。完全に外って訳じゃ無いでしょ、ここ。ホント、迷宮って謎だらけよね。どうやってこのフロアの気温とかは維持してるのかしら」

 アレクシアさんが先頭を歩きながら壁に手を着いたのに倣い、私も壁に手を着く。氷のように冷たい。すでに指先が痺れるようだ。

「イザークさんは寒くないの?私は『バリア』のおかげか全く寒くないけど」
「……壁。『バリア』と外気が触れている場所当たりは冷たいね。隙間風みたいなのも感じるし」
「へぇ。そうなってるんだ。じゃあ、私を中心に技能が展開してるって事になる?」
「まあそうだろうね。僕は傘の端に立っているような感覚あるし」

 そうは言いつつも、イザークさんの鼻の頭はやや赤くなっている。
 何と言うか、脳が混乱するような光景だ。目の前では吹雪いていて、とても寒そうなのに身体自体は全く寒くはない。外に居るのに、中にいるような感覚は視覚と触覚の乖離をもたらす。

「なーんにも無いわね。このフロア、本当に雪しか無いわけ?」
「でも銀世界で結構綺麗じゃないですか?私は上の階より、こっちの方が好きです」
「表面上は白くても、中身は黒い――なんて、人間にありがちな事だと思わない?ミソラ」

 僅かに振り返ったアレクシアさんはその綺麗な顔に意地悪な笑みを浮かべていた。コメントに困ったので口を閉ざし、何と答えるべきか迷っていると彼女はきゃらきゃらと笑う。まるで三歳児みたいに無邪気だ。

「冗談!そんなに真剣に考えなくていいわ!」

 そういえば、アレクシアさんは迷宮へ入った時も、或いは夕暮れの国での依頼も。あまり嫌な顔をしているのを見た事が無い。

「アレクシアさんはエーベルハルトさん程じゃないですけど、楽しそうですね」
「そうね、楽しいわ。ギルドではあたしが何をしていようとあたしの勝手だもの!その点で言うと、あんたの移動技能は羨ましいわね。お金なんて無くたってどこへでも行ける」
「それは、まあ、そうですけど……」
「ねぇ、ミソラ。ずっとギルドにいるつもり?あんたの技能なら世界中を旅する事だって出来るのに。一所に留まる事に意味があるの?もっと色んな所に行きたいとは思わないの?」
「え、いや、うーん、分からないです」
「そ。でもねミソラ、ギルドの為に身を粉にして働く必要は無いって事だけは覚えておきなさい。あんたは行こうと思えばどこへだって行けるんだから!」

 羨ましい、白い吐息と共に紡がれた言葉に瞠目する。ただ、それはこちらの台詞でもある。何せ、私が旅に出ると言ったところでラルフさんは着いて来てはくれないだろう。一人旅なんて真っ平ごめんだ。