第4話

07.


 イザークさんが、チッと舌打ちする。何だろう、もしかして知り合いなのだろうか。
 しかし、それを問うより早く、アルデアさんが勝手に事情を説明し始めた。何だろう、話してくれる人がいないのだろうか。

「奇遇だね。君達も洋館の見物かい?僕達は新しい拠点を探していたんだけど、ここ、凄く良く無いかな?」
「えっ、いや……人、住んでるみたいですけど」
「え?そうなの?ここは無人の廃墟だって聞いてたけど。うーん、どうしようかな。その住人とやらには行方不明にでもなってもらって、やっぱりここを拠点にしようか。でもここ、交通の便悪いからなあ」

 サラッと吐かれた恐ろしい言葉に、一瞬思考が止まる。そうだ、この人はやっぱりコハクさんが言っていた通りの手配犯なんだ。人を殺している、そんな人物。
 恐々とし、一歩下がる。そのタイミングで、アルデアさんが顔を上げた。

「そうだ、例の荷物。無事届けて貰ったみたいだね、ありがとう。イカルガがまた君に会いたいって言ってたよ。どう?引っ越したら呼ぼうか?」
「いえ、いいです……」
「うんうん、やっぱりお利口さんだね。ところで、洋館には人が住んでるんだって?どんな人だった?」

 その問いに対して、イザークさんが何故か応じた。

「鳥になりたいメイドと、髪の長い女性が住んでいますよ」
「……へぇ、鳥に!いいよね、鳥。彼女とは話が合いそうだ!そうさ、鳥は素晴らしい生き物だよ、本当にね」

 あまりの食いつきっぷりに顔をしかめたイザークさんが後退った。普段は皮肉全開の彼が怖じけ付いているのは少しだけ見ていて面白い。
 うんうん、と頷いたアルデアさんが一歩足を踏み出す。

「そうか、じゃあ僕、ここの住人に会って来てみるよ。君達も気をつけて帰るんだよ、変な人に襲われないようにね?」
「余計なお世話ですよ」

 警戒を解かないまま、洋館へ入るアルデアさんとすれ違う。ばいばい、と手を振った彼は薄く笑みを浮かべていた。

 ***

 洋館から離れればギフト技能はいつも通り使用出来た。ので、アルデアさんが洋館へ入って行ったのを見送り、ギルド裏へと移動。そのままフェリアスさん達に結果を報告する為、ギルドへと寄る事になった。
 丁度カウンターで暇そうにしていたコハクさんに今日の経緯を話してみたところ、彼女は盛大に顔をしかめている。

「だから止めておきなさい、って言ったのに」
「いやいや、オカルト系だとは普通思わないじゃないですか!私だって、そうだって知ってたら遠慮しましたって!」

 というか、と仏頂面のイザークさんが不機嫌に言う。

「どうしてあの場所では技能が使えなかったんでしょうかね。あと、オルニス・ファミリーのアルデアと会いましたよ。話の通り、機械の国が今度は犯罪組織の温床になりつつあるんじゃないですか?」
「嫌な情報ね、それ。だってアルデアはその技能が使えない洋館へ入って行った訳でしょ。変な事考えないといいけれど」
「変な事って何ですか、コハクさん」
「洋館の壁を剥がして持って行くとかね。まあ、あの場所が技能の使えない場所なのか、それとも洋館の材質が何かの偶然でそういう場所を生み出したのかは謎だけど」

 ギルド奥にいたフェリアスさんが私達に気付いたのか、カウンターまで出て来た。その顔には相も変わらず緊張感の欠片も無い穏やかな笑みを浮かべている。

「やあ、ちゃんと二人で帰って来たね。ところで、例の洋館なんだけど、この新聞記事を見てよ」
「……あっ!?ゆ、行方不明者……!」
「もうこの場所で、行方不明が3人も出てる。君達は無事に帰って来られてよかったよ、本当にね」

 ――そういう話はもっと深刻そうな顔をして言ってくれ!
 心中でそう叫ぶ。ちら、と新入りさんを見やると彼もまた渋い顔をしていた。というか、最早ギルドマスターを胡散臭いものを見る目で見ている。当然だ。

「それにしても、おかしな話だよね。ここまで行く為の汽車は、もう7年も前に廃止してるって言うのに、どうやってこの行方不明者達はここまで来たんだろうね」

 イザークさんと顔を見合わせた私は、その素朴な疑問に対し沈黙を貫いた。

 ***

「へぇ、ふーん、そんな感じなんだ」

 人っ子一人いない、玄関先を見たアルデアはそう独りごちた。目の前には木々に覆われた、長い事人の手が入っていない庭の残骸があるばかりだ。

「運送屋さん、どうやってここまで来たのかと思ってたけど……そういう感じの移動手段が。いいなあ、便利だなあ、アレ」

 どうにかして手に入らないかなあ、とそこまで呟いたアルデアは思い出したように背後を見やる。ここも、言い隠れ家になるかと思ったが期待外れだった。
 曰く付き洋館。
 そんな洋館を生成してしまう側である犯罪組織の一員が、亡霊なぞを怖がる通りも無いので丁度良いと思ったが、とにかく交通の便が悪い。でも、あの乗り物さえあればそれも気にはならないだろう。
 今からの活動方針を頭の片隅に起きながら、洋館を物色すべく再びアルデアは中へと入って行った。